heartbreaking.

中年の末路とその記録

自分に自信を持つ事

生意気だと思われてもいいから、堂々と振舞った方が、誰にも見下されずに生きる事が出来る。人に見下されるくらいならば、嫌われながら生きた方がマシだと感じる。

人間は常に自分より劣る存在をひとつやふたつはキープして観察対象として懐に置いておき、そいつらを定期的に心の中で貶め見下す事によって、自分はそれらよりは優れている・優良種であると自己を肯定できるからだ。だから2chが流行っている。

どんな善人でも、必ず誰かを見下して生きている。

己を卑下しすぎると、読者の心はだんだん離れてゆく。自分なんて大した事ないですよ、弱小ですよ、この記事は自信なかったんですよ、とかいつも言ってると、じゃあお前はいつも本気じゃないんだなと思われてしまうかもしれない。

だから適度に自分に自信を持つということも大切だと感じる。自分に自信を持つって事は、自分の発言に責任を持てるという意味でもある。

私は駄目だからとか、私はそれは無理ですからこのままでいいんですよとか、いつまでも”逃げ”の姿勢のままでは、掴めるはずの運気すら逃してしまうかもしれない。人間、勝負すべきときには思い切って火中に飛び込むくらいの方が、一気に飛躍できると思う。

自分に自信を持っている人の発言は、人を突き動かす原動力がある。世の中は自信のある人によって動かされている。

人間が、馬鹿にされるかされないかは、 物言いひとつで決まるのだなと常々感じています。だから、地声ではっきりと自分の意思伝達をするように、普段の生活のあらゆる場面において意識改革してゆく必要があると感じました。

以上は、当たり前の事ではありますが、こういった自己啓発の意思を何度も繰り返し文章として打つ事により、それが言霊になれば、いつか現実世界の俺も堂々と自信を持って発言できる人間に変われると思うからです。

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goo blog funamushi2 - 2006-11-16 20:06:43 コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )