heartbreaking.

中年の末路とその記録

セックスのために、ろくでもない生き方を選ぶ、そんな未来も悪くない…

台所にたち、フライパンの中で色を変えていく肉を 「……。」 黙って見つめていた。毎日同じようなメニューになりつつある、自分に覇気がなくなっている。セックスをしていないからだ。

セックスなんて挨拶みたいなもんだという考えは、結婚後も変わってない。俺はこの半年セックスをしていない。挨拶をしていないようなもので、こうなると、ほかの男と挨拶をするしかないのではないか?と思えてくるが、セックスをしていない一点をのぞいては、夫婦の関係は良好なので、なら何故その一点を埋めて完璧な夫婦になろうとしないのか、なれないのか、まったくその気を見せようとしない相手の様子をじっ… と観察しても、ますますわからなくなる。

連絡をすれば会ってセックスをする男はいるが、セックスを繰り返す中で、だんだん情は通ってくる。相手の下の名前を聞き出し「○○!」と下の名前を繰り返しながら突き上げる・突き上げられるまでになると、口先ではただのセフレの関係でも、実際は、お互いの事情さえどうにかなれば二人で南の島にでも愛の逃避行しそうな、フワフワした中にものすごい真剣が入り混じってる、そんな感じになってくる。そうなると流石に相方も気付く。
…と、そこまで想像できたところで、それを現実の行動に変えようという考えは破り捨てるのがほとんどだ。

でも俺は今のままでいいとは思っていない。破り捨てた考えをもう一度拾い上げ、本当は、ろくでもない生き方のほうが自分に合っている、今は無理をしている、って思いながら、セフレとセックスする妄想を、まだ死んでない性欲で貼り合わせている。

人間のクズだと自覚するようなことをして、その状態に慣れてくると、正当化しようとするよりも、とことん、へしゃげた生き方の中に真実の自分を転がすように生きたほうがいい。