heartbreaking.

中年の末路とその記録

ブログの誕生と共に馬鹿が増えた/1カラムにしたのは一日だけだった。。。

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昨日の夜はブログのデザインを1カラムに変えてみたけど、思えば俺みたいな凡人のブログをわざわざ読んでもらえるのは「ブログ」だからなので、ブログらしからぬサイトのような見た目になっても内容がともなわなければ意味がないので、結局もとのブログらしいデザインに戻した。

一歩踏み込んで専門的に何かを語れるのならいいが、日記や感想文の域を出ないならブログ・ブログしたデザインの中に、未熟な文章を飾っていたほうが、まだ少しは見栄えがする。ブログらしいデザインは文章の未熟さをうまく誤魔化してくれる… そのことに気付いている人はどれだけいるだろうか。そして本当に価値ある文章は、ブログなどに納まっていいものではない。

一昔前の、ウィンドウズ95の時代にまだ20代前半だった俺は、同人小説を書く素人さんのサイトに入り浸っていて、ときどき勇気を出して掲示板に感想を書いては、いつ返事がくるのだろうとドキドキして、脇汗すらかきながら待ち望んでいたものだ。返事が遅いときは、もしかして何かとてつもなく失礼なことを書いて嫌われてしまったのだろうかと、恐ろしくなって、自分はもう二度とこの掲示板に書き込んでは駄目なんだと勝手に思い込んでしまったり、最後には自分がまるで犯罪者のような気分になりながら、それでもその素人さんの同人小説だけはどうしても読みたいので、そっと扉を開き、心の中では謝りながら何度も覗いていた…

この頃は、ブログなんてものは存在しなかった。そしてサイトを自分がもつとすればジオシティーズが頭に浮かぶものの、わざわざ発表できる意見も作品も自分には何一つないと思って疑いもしなかった。

当時は、ネットで何かを意見することの敷居がとても高かった。

何かを意見したり・作品を発表する前に、まずサイト構築の勉強からはじめなければならないので、いきなり言いたいことを何も考えずに垂れ流すってことは今ほど多くはなかった…

まずHTMLを理解することからはじまり、CSSくらいまでは独学で数日勉強すれば理解できる。そこまで学んだらオフラインでジオシティーズにアップロードするための自分のサイトをゼロから作らなければならない(当時は、今のジオシティーズのように便利ではなかったです…)。 まず悩むのが、自分が何を発表するのか?ということで、絵や感想文を1記事ずつ作ってはhtmlで保存して、ようやく何個かのコンテンツができる。

今のブログのように脊髄反射的に思ったことをパッと出して、それが即座に誰かに読んでもらえるってことは無いので、今のブロガーたちのように誰かに読んでもらえて当たり前とか、きっと読まれる前提で文章を打ったり、作品を作っているわけではなかったので、あまり馬鹿にはなりすぎずに済んでいたかな… 馬鹿が誕生するのは、周りが騒いだり・つついたりするから馬鹿になるんだ(俺じゃねえか…)。

で、何ヶ月も苦労して、ジオシティーズにアップロードするためのサイトを作ったのだけど、完成した頃には、発表したいネタが古くなりすぎていてこんなの誰も読まないんじゃないかと半ば諦めつつ、出してみたけど想像をはるかに超えて誰も来なかったです。えーと、一人も来なかったです…(友達もいなかったので)

苦労の割には報われない思いをしているさなかに、世間ではようやく「ブログ」というものが浸透しはじめていたので、これは悔しかったです… 何で俺がこんなに苦労してサイト作っても誰にも読まれないのに、俺と同程度かそれ以下の「今日は○○しましたー」的な、ただそれだけの個人の日記が検索に無駄にヒットしまくってんだよ!って激怒してました。そいつの文章を心の中でビリビリに破り捨てて「世の中はおかしい!」って心の中で叫んでしまった。

ブログって一体なんなんだよ!大したことない奴らが検索に馬鹿みたいにヒットして、どうかしている。でも本当は俺も読まれたい。そんなんでブログをはじめまして、今に至ります…