heartbreaking.

中年の末路とその記録

不明瞭なのに妙に現実味を帯びている記憶の正体について考えるのが怖い

過去の出来事一つ一つに対し、あれは現実だったのか?いや幻覚か?…それとも単なる夢だったのか? そんなふうに悩んでしまうことがある(特に不可解な夢を見て、目覚めたあとは妙に…)。

不明瞭な「記憶」が、歳をとるごとに不気味に増えていってます…

特に、悪いことをした記憶が不明瞭になっています…

たとえば誰かに追いかけられて必死で逃げている最中に起こった出来事。

何か悪いことをしてそれを隠す(隠蔽する) ために下準備している間に自分の中に流れていたあきらかに異常な思考回路などは、何年・何十年かたつと、本当に当時そのようなことが自分の身に起きていたとは思えなくなるのです……

自分の脳内の記憶がサスペンス劇場なんじゃないかと思うほど、あったか・なかったか不明瞭な「記憶」が多いです。(誰しもが、ドラマよりよっぽど怖いもの抱えて生きてる…)

過去の記憶すべてを、無条件に受け入れ・信じたままでいてもいいのかと疑いはじめている。

まるで(脚のない)幽霊のような記憶が多くまぎれこんでいる。それについて「本当にあったことなのか?」と疑いをもつことすら、なぜいままでしなかったのかと、あまりにも自分の記憶を信じすぎていることにあらためて驚く。 

何かショックな出来事や事件に巻き込まれたときは、白昼夢を見ていたのかもしれない、そしてそれを現実の記憶として間違って覚えこんでしまったかもしれない。

私は自分の脳に騙されているのか。

― ― ―

20代の頃、会社内でストレスが爆発して、業務の途中で机をバーン!と叩き、捨て台詞を残して、その場所からいなくなったことがある。背後で「なんだおまえは!」とか叫んでいる上司がいたが、振り返らなかった。

今思えば非常識だったが、若い頃の自分にはどうにも我慢がならなかった。会社を飛び出た勢いのままに原付へと飛び乗り、まず海を目指した。原付は意外とあなどれない、あっという間に海は見えてきた。その日はとても太陽が照りつけていて暑さが酷く、海岸線を走っていると、急激に喉が渇いてきた。自動販売機を探しながら走るが、何故か自動販売機が見当たらなかった。

そのままあてもなく原付を走らせていると、海岸近くに喫茶店がぽつんと建っている。普段は一人で喫茶店に入る勇気のない自分だが、その時ばかりは緊急事態だった。

喫茶店の中に飛び込むと、二人の中年女性がカウンター越しに居る。客は狭い店内に一人だけ静かに座っていた。

アイスコーヒー一杯ください

その一杯のアイスコーヒーを喉へ流し込みながら、カウンター越しの中年女性や、客の一人と話をして(何を話したのかはあまり覚えていない…)、ごく短い間だったが用が済んだので500円玉で支払いを済ませて店を出た。

その後も海岸線をひた走り、とにかく会社から逃げ続けた。

会社から出来る限り遠くへ逃げなければならないような気がしていた。その後、勿論、会社を途中で飛び出した「罪」に問われた(これは本当に嫌な記憶の一つになっている)。

しかし、それから10年以上経った今、ひとつの疑問が沸き起こる。

あの時は、会社を業務の途中で放り出し、飛び出した。いつ、後ろから追いかけてくるかわからない恐怖のあまり錯乱状態にあったのかもしれない。そんな精神状態のままで、逃亡している最中「偶然」見つけた喫茶店は本当に存在していたのだろうか…

なぜ普段は一人で喫茶店に入れない自分があの時ばかりは入る勇気をもてたのだろう(旅行中でもないのにそれは信じられないことだ) なにかに吸い寄せられるようにその店に入っていったような気がしている…(喉が渇いていただけじゃなくて)

まるでトムクルーズとニコールキッドマンの、あの不可解な映画のような出来事が確かにあのとき、この身に起こっていた気がする。

いよいよ自分の過去すべてが信じられなくなり、過去の一つ一つについて考えはじめねばならなくなる…

(働かずにひきこもっているせいでだいぶおかしくなってきている… なにをいってるのかわからないかもしれない)

アソシエイト閉鎖につきリンク削除