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heartbreaking.

旧URL http://kuroihikari.hatenablog.com/

 

ネット収入で生活する人とフツーに働く人の考え方の違いを感じた。 ※追記のさらに追記

追記のさらに追記:ネット収入とは主にメルマガ収入などのことです(「ネットだとくどく言うくらいがちょうど良い」「相手もわかるだろうと油断してるときは、だいたい伝わってない」「君もいままでけっこう信頼を失っているようだから、これから少しずつ取り戻していかないとな」と、友人に指摘を受けました)「ネット収入」は表現的に広範囲すぎたのでモテさんに誤解受けたくないのでこの追記を書くことにした。

この記事は、体調悪くさせるといけないので青○才さんは読まないでほしいのだけど(伏字にした)、今日は休日の設定にしたのでおもうままグダグダ打ち込むことにした。
俺も青○才さんみたいに働かずに(?)ネット収入で暮らして、好きなもん食べてそのレビューとかしながら自由に生きていたいよとおもうのは俺以外にもいるとおもうんだが、でも実際のところ、ネットで人気を得るためには毎回コンテンツも工夫しなければならないし、一人の人間が生み出せるアイデアなんて所詮知れてるだろからかなり苦労してるとおもう。彼らが戦っているのは期待にこたえねばならないという強迫観念だとおもうので、一般的な企業で毎回安い給料で使われて納得しているだけの俺みたいなのとは根本的に考え方が異なるのだろうな。与えられるストレスやプレッシャーの性質もかなり異なるのだろうから、周囲からはラクして稼いで自由であるようにおもえても、常に不安は感じているのではないかとおもえる。
ネットで成功しているごく一握りの人たちは、才能があるっていうことで、脳内で完結に処理しておきたい。くだらない嫉妬にかられてむやみにその人たちの影の努力を否定したりしないように気をつけねばならないとおもっている。まあ、俺ならやりかねない。いつ裏切るかわかんねえタイプの人間だから。
人は人なので、その人の選ぶ生き方を否定してしまうようなことをすれば、俺自身の信用も失うことになりかねないので、批判だとは受け取らずに聞いてほしいのだけど。
リアルでフツーに働くのは結構大変で、俺も精神病名がついてもおかしくないくらいに多くの悩みを抱えながら生きてるけど、リアルじゃそんなの通用しないから、自分が異常だってことは黙って一般人に混じって働く努力を続けてきた(また、えっちさんに続いて大事なネッ友を失いかねない発言をした)。だけどフツーの会社で働いていれば、少なくても安定した収入は得られるので、そうした面での安心感を得られるところが、ネット収入に依存する人たちとの違いかな。

世の中で一番大変なことは、なんでしょうか。それは働いて、お金を稼ぐことだと私はおもっています。しかし、その働くという観点にたって考えるときに、ネット収入に依存しているような人たちのことをどうおもえばよいのか、私にはまだよくわかりません。
そこで、確実に見分けねば、自分のほうがおかしな人扱いされて終わることがあります。青○才さんのように、たった一人の人間がネット収入を得るために知恵を必死に搾り出しながら詐欺ではない正当な方法で行っていることならば、それについてとやかく他人が批判することのほうがおかしい気がしました。それを批判すると、その生き方に嫉妬しているだけのようで、こちらのほうが少し恥ずかしいことになりかねない。
まだ私の中での葛藤はあるが、それでも自分とは異なる生き方を認める勇気をもつことも大事ではないかとおもっている。そして自分が選んだ生き方と同じものさしで図ろうとしてはいけない。

実際のところ、たった一人の人間がクリエイティヴな思考を生み出して他者を魅了し続けることはとても困難なことではないかと感じます。後からどんどん上位互換の人々がネットに進出してきますから、古いCPUのままでそれらと互角に戦い続けるのはとても難しい。(まあ、私はクリエイティヴとは無関係のただの日記ブロガーですが……)私なんぞはもう古すぎて、過去を知る人が一応気にしてくれてる程度ですから、そろそろブロガーとしては隠居生活でもいいくらいで、勢いもありません。また、過去に毒を散々吐いてまいりましたので、多くの方を不快にさせ、その感情をひきずりまわしてきました。ブログではあまりそうした他者の感情をむやみにひきずりまわすようなことをしたり、誰かのトラウマになりかねないような危険な発言はなるべく慎みたいとおもっています。おもっているだけなので、まあ聞き流してください。

私の場合、去年の後半は無職の期間が多かったために膨大な時間が横たわっていました。ですが、ひきこもっていればイイものが出てくるというわけでもないです。
抑制された環境下にあるほうが、適度なストレスを与えられることによって、案外良い思考が生み出されるかもしれません。他人からの抑制が一切ない状況の中で生み出される思考は、ひとりよがりで、深みがなく、軽薄さがにじみでているので、マトモに生きてる人には容易に見破られる危険性があります。去年の後半は、さばの缶詰生活をしていると伝えましたが、自分はまだ血を吐くほどの努力はしていませんでしたので、気付かれた方も多かったのではないかとおもいます。
リアルをおろそかにするような人間の言う話になどマトモな人間ならばマトモにはとりあわないでしょうし、世の中ナメてる姿勢って伝わるとおもうので要注意だと感じています。どんな言い訳も意味を成しません、手足がついているのならば働けるのですし、障害を持つ方でも働いています。ただラクをして逃げながら生きていたいのか、それとも苦しくても逃げずに生きてゆくのかを選ぶのは自分ですが、その選択によって関わる人間も違ってきますし、その考えに賛同したり共感する人間も違ってきます。
たとえば精神病名にこだわるような方には、同じような方が共感し、お互いの傷をなめあいながら、国の用意したセーフティネットを使うことを容易に容認しあう。だけど、その様子を外側から見ている人間は、本当に生きる努力をしているのかと疑問におもうのではないでしょうか。
さまざまな嫉妬や疑問が渦巻く中でも、ネット収入で生活する方々の意見には注意深く耳を傾けてゆかねばならないような気がしています。そうすることで、自分は現状に納得できているのか、それともその人たちのようになりたいとおもっているのかについて、考えることができます。ただ、自分の性格上の問題なのですが、その人のことをよく理解もしないでむやみに生き方を否定したり批判だけはしないように気をつけねば……ネット上に多く存在する精神病名をもつ人々になんらかの関わりを持ちたいのであれば、よく考えたほうがいいと自分自身には常に警告を鳴らしています。
まあ、いろいろ言いましたが、心の内を吐き出してすこしラクになれたような気がします。 聞き流していただければとおもいます。