heartbreaking.

中年の末路とその記録

翌日、あらためてカンドーさんへの苦手意識について考える(終わる)

俺がかかわるなっつったら、二度とかかわってくるなよ!ごめんねといいながら殴ってきてんじゃねえよ!文章のうまいやつ全員消えろよ!文章がヘタクソで頭も悪くて貧乏で不細工な人間の苦しみがおまえらなんかにわかってたまるか!しかもコミュ障で人とまともに話すことさえできないんだよ!努力ではコミュ障はなおせねえんだよ!だから俺はどの会社にいってもうまくいかねえんだよ!何度も死のうとしたよ!そんな苦しみがお前ら成功者にわかってたまるか!おまえらの影の苦労や努力など知ったことか!俺に同情したそぶりで優しくするのはやめてくれ!そんなものなどいらん!二度と這い上がれない沼の底にひきずりこんでやろうか!お前らの精神病名なんかうさんくさいんだよ!コミュ能力が高いくせに精神病患者ぶってんじゃねえよ!お前はとっくに病気なんか治ってるから社会でまともに生きていられるんだよ!(ここまで昨日)

翌日(起きてる間中、随時追記)
カンドーさんのきらめきがあまりにもまぶしすぎて、俺がみじめでつらくなるから、避けようとおもっていた。気になるけど、苦手だ……適度な距離を保つことが大事だ。少し離れて、ほとんど会話もせずに、ただ見ているだけならなんとか耐えられる。彼女に対して感じるのは、文章力が高いことに対しての嫉妬と、けがらわしい発言(記事のタイトルだけでもトラウマになるようなのが多かった)への嫌悪感が同時にきていたので、彼女の存在を自分の中で受け入れたくないのに、あまりにも唐突に目立ちすぎているために受け入れざるを得ない状況で、気付けば、ほぼ毎日のようにカンドーさんのことを考えるようになっていた。先日、Twitterで会話をしたときには、前置きとして、カンドーさん自身が、人との関わりが上手くできる自信があまりないようなことを言っていたので、では、会話はごくたまに程度で、そんなに近付いてくることもないだろうと安堵した。そこで、好意的な返事をしておいた。経営者なので忙しく、そんなに頻繁には話しかけてこないだろうと考えていた。ところが、それから毎日、話しかけてくるようになったので、いままでは複雑な感情をもちながら少し距離を開けて見ていた人が、急に目の前に距離を詰めてきている状況に、未来への不安を感じはじめていた。これ以上、距離を詰めすぎると、自分が消えてしまうような気がした……このあとで、おそらくものすごく売れて人気の出る書籍を出すのだろうから、そうなると、迂闊に彼女の近くにいると、俺が比較されてつらいおもいをすることになる。そんなことは、彼女も容易に想像がつくはずなのに、なぜ気付かぬふりをしながら、近付いてくるのか、そこに悪意が微塵もないとはおもえなかった。そして書評を書いてもらった手前、こちらも、彼女に対して(どういった書籍かはわからないが)書評を打たねばならないという脅迫観念によって、俺の心は日々、押しつぶされていった。俺は、理由あって、どうしても読めない種類の本や文章がある。彼女がどういった内容を打つのかも恐怖だった。だけど彼女は俺の暗くて重たい本を、勇気を出して読んでくれたのだ。文章を読んで死ぬような恐怖はおそらく普通の人にはわからないだろうが、俺にはある。そして、俺を殺すのは彼女の書籍だという気がしてならなかった。書籍を楽しみにしていると伝えながらも、俺の心の中は不安でいっぱいだった。だけど、もう、その心配はなくなったのだ。もう彼女も二度と近付いてはこないだろうし、彼女を見てこれ以上苦しまなくて済む。俺のつたない書籍をわざわざ買って書評までくれたこと自体には感謝しています、けれどその書評内容は、あきらかに俺の書籍内容をもうわまわる感度を持った文章力で打たれていたので、それも俺を苦しめる原因の一つとなっていることなど、あなたは気付く由もないだろうけど……結局のところ、今回、なにが原因だったのかというと、距離が急速に近くなりすぎていた。俺にとって、あなたを受け入れるためには、もっと時間が必要だった。終わる。