heartbreaking.

中年の末路とその記録

子育てブログの四コマ漫画が優遇され、何度も同じ人が選ばれる件について

タイトルが長すぎるので変更しました。(前タイトル)「自分たちの幸せが、それを得られない幾千の悲しみの上で輝いているのだということを知れ」←これだと内容がわかりづらいので。

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今朝 (9/16)、はてなブログのトップページを見ると、画面のかなりの面積を専有して居座る子育てブログの四コマ漫画の一部が表示されていた。上記では面積はそうでもないが、リンゴ日和。が先頭に出ていたときは、このぼんやりとした次女の絵が巨大表示されていた。

はてなブログ内で最近特に目立つのは、「リンゴ日和。」と、「やめて!ハハのライフはもうゼロよ!」というブログです。

どちらも独自ドメインを取得していて、読者数も多く、毎回スターも異常なほど付いている。ブックマークをのぞいてみると、同じ子育てをする人たちが応援ブクマを大量に付けて、好意的なコメントを残している。

いずれも特別絵が上手というわけではない。反応数が多いか少ないかの差は、扱おうとする素材次第なのかもしれない(この場合だと、素材=子供になる)。

では文句を言う私はどうかと思うかもしれないが、時間を割こうとおもえば今もこのレベルの絵なら描けます。

扱う素材が子供なら、同じ生き方をする人がもともと多いので、各段に共感を得やすくなる。その心理を彼女らは利用しているだけなのだ。そうすれば文章で地道な努力を重ねるよりも、はるかに早く人気ブロガーになれる。

人の共感を得やすいことをすればいいだけだ。

でも運営が一押し展示してるようだし、ブクマもたくさんついてるので、何かしら意味のある内容なのかな?と思い、一応のぞいてみた。

パパが次女(2才)におやつのシュークリームをねだったときのこと - リンゴ日和。

この作者には2才と6才の娘がいるようなのだが、2才がシュークリームを欲しがるお父さんの存在を無視して、どうしても6才にシュークリームをあげたいようだった。

幼くして芽生えた姉妹愛を伝えたかったのだろうが、正直思うのだが、これってそんなに過大評価されるような内容なのか……

文章にすれば、2~3行で済むようなことを、下手な絵で四コマ漫画にすることに、なんの意味があるのだろう。文章にしたほうが時間も節約できて、子育てに時間を割ける。

リンゴ日和。の人は、我が子を利用しながら、自分の承認欲求まで満たせるネットの世界が楽しくて仕方がない状態だろう。だから、私のようなマイノリティがどんな目で見てるかなんて気付いていない。

私は、はてなブログのトップページを確認しようとしただけだった。

なのに、そこにあるのは、はてなブログのトップページではなく、別物へと変わり果てていた。子育てコミュニティのように感じられたのだ。その中に自分がいきなり放り込まれてしまったような錯覚で、はてなが時々、マイノリティに配慮の出来ないトップページになっていると思った。

これはマイノリティの利用者を機会損失する。要は程度の問題だと思うけど。

はてな運営は、何故、子育てブログの平凡な記事をここまで優遇するのだろうか。

トップページはブロガーなら誰でも憧れる大舞台なのに、リンゴ日和。のように一度目にした人が何度も出てくることも問題があると思う。

たまには、新着エントリーから、真剣に探して、日々文章を打っている目立たない人を拾い上げてはどうか。すべてのブロガーにチャンスを与える、えこひいきをしない。それが敷いては、ブログサービスの延命へと繋がる。

目立ちにくいマイノリティの心を拾い上げてゆく、話を聞くことが、自殺や、犯罪防止へと繋がってゆく。リンゴ日和。のようにもともと幸せを手に入れている人の幸せばかりを無難に取り上げていたのでは駄目だ。自殺願望を抱いていた人間を、間接的に殺すことになるかもしれないだろうが。

子育てコミュニティの中でなら、私はそんなところは最初から見ないので、同類同士で勝手にすればいい。そういうものは全て、子育てコミュニティへ放り込めば良いだろう。そこまで干渉するつもりはない。

はてなブログのトップページは、子供のいない私のような人間も見ている場所だということに、気付いていないのか……

見たくもないものを見せられるストレスを、リンゴ日和。は知らない(←この、ブログ名の最後の「。」はなんなんだよ、私の「.」の真似をするな)

……教えてやろうか?こんなドス暗い心の中を、ほんの一瞬でもいい。

私と今すぐ入れ替われるのなら、知るだろう、自分が描く子育て四コマ漫画が、どれだけ私の心を深く傷付けているのかを。

私は、幸せになりたかった。自分の子供を抱いてみたかった。

けれど子供はそんなに簡単にできるものじゃない。

知っているか、 都知事の小池百合子さんは過去にこんな苦労をしている。そんな彼女が待機児童問題を解決するために、現地に赴き、赤子を抱っこする若い母親たちと向き合う姿を見るのもつらかった。

私は小池百合子さんほどの絶望はなかったが、子供を望んでもできなかった。

忘れないでほしい、体の問題があり、子供が出来ないことで苦しむのは女性だけではない。

男性でも体の問題があり、子供を作れない人がいる。

リンゴ日和。その他、子育て四コマ漫画を描く人は、もし、自分に子供ができなかったらどうか?ということを、たまには想像してみてほしい。ただ、幸せを幸せだと語るだけならば誰でも出来る。自分たちの幸せが、それを得られない人々の幾千の悲しみの上で輝いているのだということを知るとき、自分がすべきことはなにかに気付くだろう。

幸せを語るのは何千回、何万回繰り返しても誰も咎めることはなく、常に受け入れられるが、苦しいと語ることが受け入れられる回数は限られている。

闇は集まることなく、方々に散った黒い炎が、命の限り燃えて、本当の幸せ手に入れられぬまま尽きてゆく。

あなたは誰も傷付けてないと思うかもしれない。けれど、あなたの笑顔が、私にとっては暴力になる。

私はあなたを知らない。知らない人に、本来必要のなかったストレスを過剰に加えられているのだ。

あと1回でもリンゴ日和。の、今回と同等のクオリティのものが、はてなブログのトップページに出てくれば、私は運営に不信感を抱くようになるだろう。

この精神的苦痛を、どうにか本人たちに伝えようと思い、リンゴ日和。の記事をブクマし、コメントで私の気持ちは伝えておいた。

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