heartbreaking.

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イワン・デニーソヴィチの一日

「イワン・デニーソヴィチの一日」は第二次世界大戦中、ソビエト連邦軍の強制収容所に収容された主人公の、一日の生活を描いた作品です。

主人公はソビエト連邦軍の兵としてドイツ軍と戦う最中に、捕虜となる。後に仲間と共に脱走するが、その道中で友軍と会い、不運にもそこでスパイの容疑をかけられ極寒のラーゲル(捕虜収容所)に収容される。

収容所の中、起床の鐘で目覚め、点呼を終え眠りに就くまでの一日の生活と、主人公が心の中に思うことを詳細に描いている。

私の買った本の翻訳は、主人公の心理描写を、べらんめえ口調で表現しているために、読むのに苦労する感じが続く。……私は世界の歴史・文学の教養がないためか、内容も退屈に感じられ、拷問のような時間に思えたが、ロシア文学てこんなのか(汗)。世界的には傑作と評価されてるようなので我慢して読んだ……

たとえば北野武の映画「HANA-BI」は暗く退屈な感じが続いていて……本当にこれ面白いのか……と我慢し続けた結果、最後にわけもわからずとめどない涙が流れていたように、どんな作品でも最後に人生の一つの答えを学んだような気がしたのならそれがすべての評価だと思える。

この「イワン・デニーソヴィチの一日」は最後に、無機質な数字(収容される予定の残り日数)を目にしたのが衝撃的であり、作中の文字の重力が増した感じです。ここで最初からまた再読する意欲が沸いてきました(いつかまた読む)。

生きる答えを見出したかもしれない読後感があった。

一日を、この主人公ほど懸命に生きたことが、自分にあっただろうか……

私は自分のあり方に少し反省もした。何故なら、過去の苦しいことや悲しいことを回想するだけの時間を積み重ねることは贅沢であり、時間は、過去でも未来でもなく、この一日を、自分なりに輝かすために使うほうが有意義だから。

主人公にとっては、自分の人生の先を憂いたり、不安に圧し潰されるよりも、今、目の前にある現実の中で、一日を健康に無事に乗り越えてゆくことのほうが大事なのである。

決められたグラム数のパンや、皿の底からわずかしか満たされていないスープを口の中に入れるために、過酷な労働を耐え、つかの間の喜びを感じる。しかし、ぼやぼやしていれば食事中ですら誰かに出し抜かれ、その機会すら失うかもしれない。

一日の終わりには、その日の出来事を思い出し、無事に生きていられたことを感謝する。 過酷な状況下にあるほど、命がある意味を知るのに手が届きそうな場所に身も心も置いているのかもしれない。

良いことをした人も、悪いことをした人も、すべての人に一日24時間は等しく与えられていて、例え不自由な環境下であっても、その中にすらも喜びや充実感を得られる可能性は秘められていて、それを見出せるのは自分の心の持ち方一つで決まる。