heartbreaking.

中年の末路とその記録

強く抱きしめて、好きだと言いたい。

色々あったけど……彼ともう一度話し合った結果、別れるのはよして、今まで通り連絡をとりながら関係を保留することになった。

普段は優しくて、今まで出会った男性の中では、一番良くしてくれる人なのだけど、私は孤独を愛しているので、誰かに一緒にいられるのは苦手だと正直に伝えた。

金がなくてギリギリ状態でも、仕事が体力的にキツくても、軽自動車に乗って煙草ふかしつつ、風を切って自由を感じる瞬間が最高に、生きるエネルギーをこの全身に行きわたらせて、そして心が笑顔になる。自立しているのなら生きていられる、けれど誰かに依存して縛られるのならそれは、この魂の死だ。

元極道とか、犯罪歴があるとか、そのとんでもない肩書きが……一緒にいることによって、自分にも付いたような錯覚で、背後には凄いのがいるんだぜ的な、そういうのが欲しかったのかもしれない。

だけど彼は、その過去については威張る様子もなく、淡々としていた。

困っているときに、自分のために戦ってくれる男が欲しかった。

一人で生きるのが不安だった……そういう強い味方が必要だった。そこに現れたのが彼で、好きにならないわけがない。

刑務所の中に何年も入っていたような人でも、こんなに純粋な笑顔をするんだ、と思った時に、もしかしてこの人、私のことを本気で好いてくれているのだとしたら……と恐くなり、強く抱きしめることができなくていつも悩んでいた。

本当は抱きしめたい。

もっともっと強く抱きしめて、好きだと言いたい。

……彼のことを信用していなかった。

それなら最初から無理だと答えておけばよかった。付き合う以前から何度も、元犯罪者の俺でいいのか?と確認されていたのに、それでもいいと答えてきたから……彼を信じさせて、最後に心で裏切った。

大丈夫だと言っておいて、もう引き返せないほど深いところにきた頃に、やっぱり元犯罪者は無理だという不安定さを見せてしまった。私のために二人の将来のことまで考えてくれていた彼が不機嫌になるのも当然だと思う……

目に見えない偏見で彼を傷付けているであろう多くの感情と同じことを、恋人として彼にぶつけてしまった。

私のことを好きになってくれた純粋な気持ちを踏みにじった。どっちが最悪な人間なのかというと、私のほうが酷いことをしている。

彼を苦しめて、無駄な金をたくさん使わせてしまった。

同じ会社で、人一倍、懸命に働く彼の姿を見て、先に一目ぼれしたのは私のほうだった。

私が、仕事中に怪我をした時、真っ先に絆創膏を持ってきてくれたのが彼だった。顔も好みだったし、思えばその時から恋していたのかもしれない。

もし彼にそういう過去がなければどうしていただろう……おそらく、一緒にいただろうと思う。

一度でも犯罪を犯した人が、更生して社会の中で生きてくことは、とてつもなく、難しいことを知った。

本人のやり直したいという意志でどうにかなるものではなく、社会がそうさせていることに気付けない。長い刑期を終えた後の二度目、三度目の人生を頑張る意欲が奪われてしまうこともあるだろう。

彼が一度だけ、こう言った。

「俺たちが受けているのは迫害だ」

好きなんだけど……私はこれ以上彼に身をゆだねるのが恐い。恋人なら大丈夫だったけれど、それ以上のことを考えると、夜も眠れぬほど恐くなった。

私もその迫害の対象になるのだろうかというのは考えすぎだろうか。そう考える時点で、私は彼と一緒にいてはいけない人間なのだと感じた。

私は今、新しい仕事で体が疲れていて、人生の中で最も大切にしなければならない、かけがえのないものが見えなくなっているのかもしれない。

だけど、もう職の選択肢は限られている。借金はいつの間にか150万を超えていたが、まだ自己破産するほどでもない……彼が、完全にゆだねるのなら借金返してやってもいいと言ってくれたが、それは断っている。

仕事で体がしんどいと性欲もなくなることを話して、ようやく理解を得られたので、今は、安堵している。彼のセックスは上手だし満足しているのだけど、今はただ、仕事の疲れをとりたいだけ……

セックスは大事ですから、妙な誤解はされたくないので、そこは話しておいた。貴方が嫌いになったわけじゃない、ただ体が疲れていて、できないだけなのだと。

体力仕事してると、セックスが苦痛になってきます。気持ちいいはずのものが、気持ち悪く感じてしまうこともあるほどで、体がもうこれ以上触らないでほしいと拒絶反応を出してるわけです。そこで、恋人に、俺のこと嫌いになったのか?と誤解されたくない……

結局のところ、彼は、私に使った金を返してくれとは言わなかったし、暴力もふるわなくて、最後まできっちり話し合いをするタイプの人だった。

今後のことはわからない。なにも……ただ、離れられない運命の人というのは、いるのかもしれない。なんにせよ、一度や二度の喧嘩で完全に縁を切るというのはあまり好きではないので、相手が望むのなら何度でも私はやり直せる。