heartbreaking.

旧URL http://kuroihikari.hatenablog.com/

リアルの報告をネットですることは、本当は必要ない。

ブログに文章打ち込んだり、あるいはツイッターでつぶやいたり、誰かと話をするためにいちいちネットに繋いでいる時間がつまらなく感じる。

現実の時間のほうが楽しい。だがこうして文章を打っているのは何か不満があるからなのか……

今は恋愛が楽しいからその報告をブログにしているが、それが恋愛したくても出来ない人を傷付けているかもしれない。いつも頭の隅にある。昔は非モテの人と仲良くしていたこの俺が、ラブホを爆破したいと叫んでいた俺が(いつかは忘れたが確かにそんなことを叫んでいたような気がする)、嫁に子供が産まれたという報告記事を消滅させたこの俺が……今では恋愛出来ない人を傷付ける立場に……手に入るのか不安だったものを手に入れてしまうと、それを所持することが当たり前になってしまう。それと同時に、同じ悩みを抱えていた過去の仲間を簡単に裏切り、意識してかどうかはわからぬが自分より下に見ようとする生き物だ。だが俺も自分に子供が産まれていたら、子供がいないことで悩む人の心をも裏切っていただろう……そうならなくて良かったのか。大切なのは、自分が運よく得られたものを、まだ得られないで苦しみもがいている人達のことを馬鹿にしないことだと思う。

一番つらいのは、はじめから何もないことなのだから。家族や恋人や子供に対する愚痴を言えるのはまだ幸せな証拠だよ。何もない人にはそれを愚痴ることすらできない。愚痴を言えているうちは、まだまだだよ、お前らは……本当の孤独を知るのは、一度もセックスをせず、恋愛もせず、勿論結婚も、子供も成すこともできない、そういう人達のことを言うんだよ。

だけど、厄介なもので、本当に悪意なく行われる幸せの報告というのもある。

現実の幸せを見つけて、それをいちいちネットで報告しなくて済むようになれることが、一番の精神の安定だろうが、俺も含めてどうも不安定な人が多い。

あるブロガーに子供が産まれましたとか、俺のように恋愛してますとか、そういう報告をいちいちネットでする人ってのは、なんでそれをするのかというと、その報告する幸せだと思うことが、まだ不特定多数に話を聞いてもらわないと不確かなものであるという認識の下行われている、その人にとっては生きるための確認作業なんだろうな。

不安なことが何処かにあるんではないかと俺は思う。

他人の幸せ、目に飛び込むだけでいちいち嫉妬するのもつかれるので、それが完全じゃないことを念頭に置いて、その対象を見る冷静な視点が必要なのかもしれない。じゃなけりゃ、俺は気が狂う。

気が付くと……何が一番悲しい?俺が悲しいと思うのは、どうにもできない生まれながら持つその人の顔や身体的な特徴で、どうにもできないのに一緒にいなくちゃならないと自分に思い込ませようとするから心の何処かが悲しいんだよ。

悲しい。本当に満足はしていなくていつも妥協している。それがネットで自己表現することにより少しは解消されるのかどうかはわからない。

時々、現実を抜け出し、文章を打つことにしがみつきたくなる不思議な気持ちは何なんだろうな。今の俺に承認欲求を満たしたい気持ちはほとんどない。アクセスが減り続けても、会いもしない貴方に何かを伝えたがっている。

だけど忘れてはならないのがネットは遊びだということなんだ。リアルで体感出来る感動を超えることなどできないので、早くネットから離れることに尽きるんだが、仮にリアルがまた上手くいかなくなった時、この心を誰に伝える?その時、このブログがあったほうがいい。

承認欲求が満たされている状態を持続させるのはものすごく難しい。

そしてそれを持続させるために割く膨大な時間は、リアルの貴重な時間を奪ってゆく。

俺はそんなことをするよりも素直にリアルを生きる自分と向き合うことをしたほうがいいと思う。

報告も本当は必要ないんだ。リアルで完結すべきものを、わざわざネットに持ち込んでいるだけで、自分がそれをしなくてはならないほど不安定なのだということを知ることから始めれば、リアルで得られるすべてのことにより真摯に向き合うことが出来るし、信用も得られるようになれると思う。

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