heartbreaking.

中年の末路とその記録

お金がないので広告付けさせてください。消極的で自信がなくて時代に逆行し過ぎていたような気がしています。

俺は勝負することから逃げているような気がする。

これまでの人生すべてそうだったから、だから今、金が無いとも言える。

以前、この記事で述べたように、アドセンスを全排除したのはいいけれど、実際に金のない俺が、今更こんな格好付けたって仕方がないというか……

本当にお金がないんですよ……切実に。もう泣きたいくらいに、情けないくらいに。

だから誰も幸せにしてやれない。

言い訳ならいくらでも。うんざりするほどいつも頭の中を流れている。

俺はスマホで情報サイトの記事をよく読むけれど、どんなに邪魔な広告があったって、どんなにデカイ広告があったって、必要ならば関係なく読んでる。

自分の文章に自信がないだけなんだ。

だから広告を排除することで、俺は収益目的じゃないですよってわかってくれるだろうと思って、他とは違う特別な感じをこのブログに作り出したかったのだけれど、いずれにせよ、必要な情報ならば、そしてその人に本当に興味があるのならば、どんなに広告が邪魔だって見る。

2ちゃんねるでは、上下にスライドしてきて、余程気を付けないとその広告を何度もクリックしてしまう悪質な広告すらある。それでも気になる情報に辿り着くためにその広告を何度押そうとチャレンジしてしまうので、広告は、その情報を必要とする者にとっては背景のような感覚に過ぎず、広告があるからもうその情報を必要としない、というわけにはいかないので。

こういうことを考えてしまったのは、以下の記事を読んだことも一因となっている。

アマチュアとかプロ関係なく、自分が書いたものに責任を持ちたいです。もう安請け合いは絶対にしない。そしてお金をいただかない限り、絶対に文章の納品はやめようと心に決めたのでした。
私みたいに文章がへたくそでも自分の書いた文章に引っ張られるんです - 接客業はつらいよ! 人生はチキンレース! あけすけビッチかんどー日記!

上記は、人からの依頼で別に書きたくもない文章を書く依頼を受けてしまったことへの後悔と葛藤を伝えているのですが。

普段、基本は無料でブログを打つことに慣れている俺のような人間や、広告を一生懸命付けていても元々集客力があまりないためにそれをクリックしてもらえない人にとっては、なかなか「お金をいただかない限り」とは断言出来ないものがあるのですが、それはさておき、「自分が書いたものに責任を持ちたい」という、この腹が立つほど自信家であるところに、自分には持てないエネルギーがあると、俺は思いました。

こいつには……嫌味なほど、生命力の強さを感じる。

実はこのブロガーのことを、嫌悪することのほうが多いのですが、それでも何故か毎日スマホで「かんどうさおり」って打ってその生存確認をしてしまう。

この人は、毎日更新している。

だから内容の濃い日と、極度に内容の薄い日がある。お前がセブで今日食ったもんなんか知るか!と思うこともあるのだが、その日によって多少の当たりはずれがある。(うんこが出た!の報告も毎回、知るか!)

毎日更新することのメリットは、毎日ネットに繋いでいる人がとりあえず初めの第一歩としてその毎日更新しているブログを訪れることを習慣にしてくれることも期待出来る。

そうなるともう、内容の濃い、薄いは関係ない。毎日その人に心で逢いに行っている状態になる。好きも、嫌いも関係ない。殺したいほど憎いとしても、その人を気になって毎日チェックしているなら、もうこちらの負けで、その人が消滅するまで気にする習慣を失くすことは難しくなってくるし、仕事中もその存在の呪縛によって「嗚呼、あいつ今日は何言いやがるのかな」と思ってることもあるくらいだ。

とにかく必要なのは、良くも悪くも、トータル的に、興味を抱かすことで。

これだけ私生活をあけすけにしていて、且つ、顔写真もよく公開しているので、もし、悪意を持つ自暴自棄になっている人がこのブロガーに目を付けていて、ある日、身代金目的に誘拐したり、何処かに監禁して強姦したりするような犯罪が起こりはしないのだろうかと、普段このブロガーの強気な文章を読むにあたり、なにか嫌悪感を与えられる度に感じ続けていることだが、特に、経営者であり、金を引き出せると思わせている部分が危険だと思っている。

しかし、そうしたリスクを恐れもせず果敢に毎日あけすけにしているので、この人の持つ恵まれた容姿や、資金力、などが自分に無いからと単純に嫉妬したり、その嫉妬心からこそこそと2ちゃんねるなどで悪口を言うのではなく(勿論、俺は2ちゃんねるにこの人の悪口を書いたことは一度もないのだが)、遊びを一生懸命やれる人の持つ資金力に対する羨望から嫉妬するのではなくて、一体どうしたら自分もその人のようになれるのか、近付けるのかを、その人の生活ぶりから研究することのほうが良いような気もしている。

今回俺は、この人の常に、勝ちに行く姿勢の中にヒントがあるような気がしたのでこうした記事を書いている。

俺は負けばかりの人生だったので、勝ち負けは正直好きじゃないのだが、消極的すぎるというのはどうなのかなと思う。それはブログ活動のみならず、実生活の中でも思っているが、たとえばただ疲れているからと人と逢うのを簡単にキャンセルしたりするのも人生を消極的にしか送れていないような気がして……

誰も、消極的だから、謙虚だから、この人を応援しようと思うわけではないだろうことは明白で、もうそんな時代ではない。

確かに10年以上前のブログ界は、今ほど広告収入を得る考えがなくて、ただブログパーツでブログペットなどをサイドメニューに付けて自分を個性的に着飾ることで満足出来ていたようなそんな時代だが、今はどんなブロガーも広告を付けているので、あえてこの流れに逆らう俺はもう時代遅れ以外の何物でもない……

俺はもう毎日更新するような気力はないので、今後はだいたい検索流入で少ないアクセスをなんとか維持出来る程度のブロガーになっていくんだろうが、それなら広告を付けておいたほうが自分の生活も多少助かる部分が出てくるかもしれないので、長くなりましたが、そういうわけで、広告をまた時間的な余裕のある時にぼちぼち付けてゆこうと思います。嗚呼でも、俺は普段スマホ以外でガッツリパソコン作業する時はブラウザはファイヤーフォックスなので、スポンサーリンクは見えていないことが多いです。でも広告がある他者のブログを見ていると、スマホ上では躍動感が生まれているような気がしています。踏ん切りが付いたのはいいんだが、俺のブログは事件だらけの異質さで、すぐにこの処理をするのは無理なので時間はかかります。後日、あくまで当ブログにおいてですがアドセンス収益がほぼないに等しいので削除しております。