heartbreaking.

中年の末路とその記録

………。

会社の階段をのぼる途中で異空間に放り込まれたかのように壁が少し歪んで見える、次に踏み出す一歩が着地していない気がする。そんな時はこの世界の中で一人になっている、誰の声もしないところを移動しているとそうなることがある。俺が存在しているかどうかの証明が欲しい。しょっちゅう無職だった自分が、仕事していてその職場の階段を移動している、ということを信じられなくなっている。休憩時間の途中だったり気が抜けていると別次元に移動しやすい。多元宇宙論を信じる。なにかがここにいるんだ。それは俺だと思ったが、望まないことをしているからか。階段を下りて作業に戻る過程で覚醒してくるものの、声のざわめきがまるで大海原を前に一人立ち尽くしているように動けなくされているような心の時もある。自分のことを誰かに認識してもらわない限り、自分でこの存在を捉えようとしていない。

自分の名を気に入ってない。別次元で人の名は必要としない文化が発達しているかもしれない。地球でいつから人の名が付くようになったのか知らない。この胸に抱く悲しみは、名を付けられ、それが自分であると思い込まされた時から始まっている。明かりを消した部屋の中、終わりなき問答を繰り返してくるもう一人の自分は名を持たないがそれが本体だと思っている。地球外生命体だとしたなら本当の俺はそろそろ母星に帰りたい。

地球外生命体の声を無視し逃避し続けてただの人間のまま終わるのか、それとも二つの世界を結合させ新しい強さを得るのか、この地球上に作られた偽善に満ちた常識なんぞに縛られ人間として終わってゆくのが幸せだとは到底思えない。

性別をも超越した究極の美を手に入れた時、人間以外の生き物になれる