心療内科の待合室で本を読んでいると、目の前に赤子を抱っこしたおじいさんがやってきた。とても嬉しそうに赤子と遊んでいる…
嗚呼、幼稚園児の俺を虐待した加害者の一家は、俺がまだ味わってもいないこんな幸せを…
俺の目には、すべての赤子を可愛がる人間が、加害者の一家と同類に見えて仕方が無い。特に、小さい女の子を連れた男を見ると、そいつも加害者に思えて仕方が無いのだ。
だいたい心療内科に来るような人間は、精神が病んでるんだから、少し想像力を働かせればわかるだろう。例えば子供を毛嫌いする人間が居るんじゃないかとか…
赤子を産んだ男女はたいてい、こう言うんだよ。
「疲れていても、子供の笑顔を見ると元気が出てくる」
幸せな人間は、思うまま公の場で自分の意見を述べても誰にもそれを表だって咎められることはない。その言葉が、誰かを傷付けているなんて…… どんなに言葉で説明しても一ミリも考えはしないのだろうな、そんな無邪気さで。
赤ちゃんの笑顔や泣き声のすばらしさを嬉しそうに語る人たちは、何故か、咎めてはならないような強烈な空気をその場に作り上げてしまう。
年頃に恋愛をして、結婚をして、赤ちゃんを産むことが、実は当たり前ではないのだ、と気付きもしない。少し想像力を働かせばわかるような話だが、わかろうともしない。
「いや、私は幼児期に監禁されて、性的な暴行を受けているので… 赤ちゃんの泣き声を聞くだけで殺意が沸くんですよ。赤ちゃんの泣き声が可愛いだなんてとんでもない話です」
なんて、しけた空気にしても俺にはなんのメリットもない。だから黙っているだけだ。俺が女友達と縁を切って孤独なのも、女共のくだらない子供自慢を聞くと殺意が沸くからだ。どうせ説明しても考えようともしないだろ。空気が白けるだけだ。
俺の学生時代の女友達は皆、結婚しちまったよ。「ママ」って自分を呼ばせてるらしくてさ。お前がママってツラかよ…
結婚していない、子供も居ないとなると、どこへ行っても損な役回りだ。この乾いた笑顔に気付いていい加減、黙れよお前ら。独身は気楽だけど、孤独だよ。若くして恋愛を楽しんできたようなお前らに、こんな孤独が耐えられるわけがないだろ。
心療内科で、いかにもニセうつっぽい女が居たので、耳を澄ませていたら「うつっぽいので…」みたいな曖昧なことばかり医者にぼそぼそ言っていて、医者は遠慮がちに「そろそろ次のステップに向かおうとしていますのでこの調子で…」とか応えていたよ。それは別に病気でもなんでもないんじゃないのか?医者もこんなの相手にして、大変だねと思ったよ…
あと、薬の量で病状の重さを比較したがる馬鹿がいるけど、お前の薬が多いのは、その医者が薬漬けにして儲けたいだけだ。俺が通ってる心療内科は、薬を最小限に抑えると評判の名医だから俺の飲んでる薬の量も少ないだけ。薬は少ないに越したことは無い。
俺の薬の内容を聞いて、「俺なんかこんなに薬飲んでるよ」「嗚呼、その程度の薬の量なら(お前の病状は)俺に比べれば別に大した程度じゃない」とか言う人って、薬が多い人間のほうが重症だと本気で信じてるわけ?
俺は多分、赤ちゃんの笑顔や泣き声に嬉しさを感じる… などという無邪気な喜びには一生縁がないだろう… 俺だって好きでこんな感情を抱いているわけじゃない。幼稚園児の頃に、身内の桂三に監禁されて悪戯された地獄の時間の中で、精神に核爆弾を背負わされたんだ。俺は、いつ、どこで、どうなるかわからない危険人物だ。だが、俺のような人間は、俺だけではない。
赤ちゃんを産めるかどうかも自信はない。産めても、それがもし女の子だったら、性的な暴行を受けていた自分とうりふたつを目の前にして自分が冷静でいられるかどうか自信がない。
俺は今、既婚者と不倫をしているが、別に相手の家庭を壊すつもりはない。ただ、寂しいので、どんなかたちでもいいから人間と本音でつきあっていたいだけなんだ。
俺の表面だけを見たやつらは、今の不倫している俺を、ろくでもないやつだ… と非難するかもしれない。だけど俺は10代・20代と一度も恋愛を楽しんだ過去を持たないのだ。30代になった俺が、はじめて得た本当の幸せのように感じられる今の不倫相手に一生懸命尽くしていることは、果たして本当に非難されるような酷いことなんだろうか…
どいつもこいつも、ろくでもないやつらばかりだ。
そう思うなら俺自身も「ろくでもないやつ」に混じればいい。ろくでもねえな… と反吐が出そうな世界は、自分が心の底から欲しかったろくでもなさなのだ。ろくでもない世界はどうしようもなく気持ちいい。
だが俺のろくでもなさは、他とは一味違うんだぜ…
だから俺以外の、「こいつは、ろくでもねえなあ…」と思う人間には、気付かせないふりで、心の中ではきっちり一線引くようにしている。
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