heartbreaking.

中年の末路とその記録

文章のムダが個性になり雑音にもなる

はじめて訪れたブログで、前置きの長い文章や、チョット変わった書き方で一見個性がありそうなのにそれが小手先だけの(思い上がった)文章は、即、閉じている。や、ひとつやふたつのブログに何の未練もないし、自分の欲しい情報はネットに腐るほどある。

これからのブログで、一見さんを読者にとりこむためには極力ムダな部分を省いて、自分の一番伝えたいことに早くたどり着いてもらえるかが鍵だ。

たとえば「前略」「皆様」のノリではじまるかしこまりすぎた文章をたまに見かける(ずーっとそれに近いノリが続くと読むのが辛い)。ブログの文章は手紙じゃないので、それは余計な部分で必要ない。
一人称も「アタシ」だと頭悪そうに感じるのでだんだん気持ち悪くなって閉じる。あと一人称が自分の名前なのも、一見さんにまでいきなり慣れ慣れしすぎる。いや俺はオメーの恋人じゃねえし…

ムダがいい感じで個性になれば、それは愛される文章になる。でもムダが雑音にしか感じられないなら、それは削っていかなければ、読者は増えないんだろうなと思った。