ゲームにまったく興味のなかった彼が、どういうきっかけで、するようになったのかはよく覚えてないが、最初は賭け事だったと思う。
格闘ゲームをして、1回勝つごとに100円を賭けたり、煙草を1本ずつ賭けたり、そうしているうちに徐々に彼もゲームに興味を持つように変わっていった。
自分が誰かに影響を与えて、変えてゆくのは面白い。
人はこんなにも変われるものなのだ!と驚くほどに、彼はゲームを楽しむようになっていた。
私の最大の趣味を、一緒に楽しもうとしてくれていることが、何より嬉しい。
そして、二人の賭け事はついに、セックスを今日するのか、しないのか、というところにまで発展していた。
今日セックスするのか、しないのか。
その探り合いをするまでもなく、どうしたいのかは結論が出ていた。
私は眠い。だからセックスをする体力はほぼ残っていなかった。
彼は、勃っているし、やりたがっている。
よし!じゃあ、格闘ゲームで、セックスをするのかどうかを決めるぞ!ということになった。
懐かしいゲームを起動した。KOF95で5回対戦して、先に3回勝利したほうの言うことを聞くことになった。
彼が3回勝利すれば、セックスをする。
私が3回勝利すれば、セックスはしないで、彼はそのまま帰る。
私は勝てる自信があった。
各キャラクターの必殺技を出せるからだ。
彼はほぼ必殺技を出せない。パンチやキックや、まぐれの必殺技をタマに出してくる彼に、私が負けるわけがない。
説明書を見せて、必殺技を覚えないのかと聞いてみたが、彼はそんなものは見なくても感覚で覚えるといいつつ、かれこれこの1か月、ほとんど必殺技を出すことはなく、ただ飛び回っているだけなのだ。
1回目、私が庵を選ぶと、「お前また、走り寄ってきて死ね!とかやるんだろ」と警戒してこられたが、彼は必死にチョイ・ボンゲを駆使して異常にすばしっこく動き回り、逃げ場を失った私は技を発動する猶予すらなく、負けてしまった。
相手を近付けないようにしておいて……闇払……うわー、もう目の前に来てる状態で、理屈もへったくれもない、無茶苦茶戦法に負けた。
相手はつい最近ゲームを知り始めたばかりの、ボタン滅茶苦茶押しで、私は必殺技を出しているのに、負けてしまった。
このままでは終わらん……この後、セックスをしなければならなくなるので、気合を入れることにした。
氷でよく冷えたアイスコーヒーを飲んで、頭を切り替え、本気で、これに負けたら死ぬ……くらいのつもりでゲームに集中することにした。
彼が使うチン・ゲンサイに向かって、キングのベノムストライクを連発すると、「光る飛び道具ばかり出しやがって!こんなのよけられんぞ」と彼が不平を言ったので、そこでトルネードキックをぶつけると、彼の「うわあー」が聞こえて、圧勝した。
私は、この勝負に負ければ、眠くてだるい体を駆使して、上になったり、下になったり、しなくてはならなくなる。
結局、その後は私が、彼を完膚なきまでに叩きのめし、3回連続で圧勝した。
コントローラーを置くと、私のあまりの強さに彼が驚いたようだった。
「お前、そんなに今日セックスしたくないのか!」
「勝った」
「よーし!じゃあ、今日はセックスはしないぞ」
私が圧勝したので、セックスはしないことになった。
そうなっているはずが、プレステ2の電源を切っている最中も、まだセックスをするかもしれない空気は部屋に漂っていた。
「だけど、もしお前が今日、セックスをしたいというのなら、するぞ」
えっ……私、勝ちましたよね。
黙って煙草を吸い続けていると、体を引き寄せられ、「何日していないと思ってるんだ。そんなことだと、他のところで済ませてしまうぞ」と言われたので……それも、ちょっと困ると思った。
返事せずに黙っていると 、微妙な空気になる前に彼から切り出してきた。
「いや、俺も男だ。一度決めたことを覆すわけにはいかんだろう。それだと約束をした意味がないからな。これは信用に関わることだ。だから、今日は、このまま帰るぞ」
うん……悪いんだけど、今日はそうしていただけると助かります。
いつになったらしたくなるのか、わからない。寝不足、疲れている、仕事が決まらないから不安定になっている……などの理由で、うだうだ言うよりも、ゲームの勝敗でスパッとどうするのか決めたほうがいい。
彼のセックスは長い。それも理由なのかも。パッと終わるセックスなら、そんなに負担にはならないから、考え込むほどのことでもない。
長いセックスが待っているとなると……こちらもその都度、体力・気力との相談になる。別に、彼が嫌いなわけではなく、人間的にはかなり好きなほうだ。
別に、していなくても私は嫌いになったわけではないということを、誤解を与えずに伝えることが出来ないので、ゲームでそれを決める方法をとれば、お互いに気持ちよく「おやすみ」を言って明日も笑顔でいられる。
刑務所の中での娯楽は、そんなにはないらしく、彼は本をたくさん読んで過ごしていた。
本を読むコツを教えてもらった。わからないところでつまづいてしまったとき、それをわかるまで無理に理解しようとすれば、嫌になってそこで終わる。
わかる部分だけを読み進めてゆき、最後に全体像がわかるようになっていればそれでよいということだった。おかげで、今は村上春樹を読んでいる。村上春樹の文章はまわりくどいが、これがわかれば文学のわかる人だよと彼が言うので必死に読んでいる。ただ女に惚れた!というだけのことをここまで大げさに神々しいまでの比喩にするか!?と驚きながら、トイレでウンコしながら読んでいる。
私はけして金目的ではなく、私の知らない世界を見せてくれている彼を必要としている。
何度も意見をぶつけ合って、ようやくたどり着いたのだから、この奇跡の出会いを見失わないよう、大切にしてゆきたいと思う。