heartbreaking.

中年の末路とその記録

知的好奇心を持つ

生きる意味がほしいなら。

この世にある、ありとあらゆる存在・出来事について「知りたい」と思う知的好奇心をもつことだ。宇宙について、昆虫について、歴史について、なんでもいい。

なにかを「知りたい」と思う気持ちが、生きる意味になる。幸い、今はネットでなんでも知ることができる。死を選ぶのは、この世に付いてもう少し知ったあとで、でもかまわないではないか・・・(ネットができる環境ならば)

なんでもいい、どんなつまらないようなことでも構わない。この世に生まれた意味は、この世について「知る」ことにある。

それは、例えば映画の作品でも構わない。私の場合なら、少ない小遣いで映画館に足を運んだ「トランスフォーマーリベンジ」だ。大画面で見るロボットたちの死闘を観れたこと、最新の映像技術の素晴らしさを体感できたことも、あきらめずに生きてきたから味わえたご褒美だったのだ。

そして、私は今、借金を返すためだけに働いている。毎月の稼ぎの中から1万か2万ほどの小遣いで、自分の好きな食べ物を買い、欲しいゲームソフトがあれば迷わず買えるだけの贅沢はしている。

このように、小さな幸せを積み重ねていけば、なにも、死ぬ必要はないのだ。とりあえず生きていればいい。一生懸命働いて、そしてその稼ぎの中からほんの少しの小遣いで、小さな幸せを積み重ねていけばいい。それも生きる意味だ。