heartbreaking.

中年の末路とその記録

どんな罪を犯した者でも、生き続けることで別の命を救うことはできる

ここは反社会的ブログではありませんので通報しないでください。私は暴力団とは何の関係もないです。

……。

彼と別れるかどうかで悩んでいた日は、部屋があっと言う間にゴミだらけになって、もう終わりだ……と思っていた。

気が滅入ると、ゴミを捨てられなくなってしまう。

灰皿に山盛りの吸いかすを見つめながら彼が、苦笑いして言った。

「俺のために、わざわざ部屋を綺麗にしなくてもいいから、せめてゴミだけは捨てような。コロコロは俺がやるから。お前はゴミだけを捨ててくれればいい」

ゴミ分別をきちんとしている彼が言うので、説得力が半端なくて、それからは毎日ゴミを捨てるようになった。

私の過去の苦しみについても、大したことじゃない、なんて思ってないよ、という気持ちを何度も言葉で伝えてくれていて、そこまで気遣わせてしまって逆に申し訳ない気持ちになっている……

「お前は相当すごい経験をしているよ。俺はそういう過去を持つ女のほうが好きだ」

……そこまで言われると恥ずかしいし、自分の過去に拘りを持ちすぎていた自分を少しだけ恥じるようになっている。

私、おかしいから精神科に行ったほうがいいのかなあ……って悩みを打ち明けると「いや、お前はマトモだよ」と何度も励ましてくれた。

彼はすごく優しい……

彼が「人を殺すなんて簡単に言っちゃいけないよ」と釘を刺してきたので、今後はもう二度と、子連れの主婦を殺してみたいなんて言わないことを約束した。

人を殺しかけた彼に、道徳を教わるのもヘンな話だけど、私にとっては一番効果があった。

彼から学ぶことは多くて、私は良い影響を受けているような気がしている。

私に向けてくれる笑顔を見ていると、いつも思う。

どんな悪いことをしても、人間はやり直せるし、やり直す価値はある。現に私は、彼にたくさんの生きるチカラと幸せを与えてもらっているのだから……

かなり極端な話ですが、怒らずに聞いてください。今まで少年Aに怒りしか感じなかった私でも、今では、それすらも変わってきている。……少年がその後に得た新しい家族に救いを与えているのならば、それだけで生きる価値はある。……こんな気持ちは、自分が実際に犯罪歴を持つ人と直に接するしか気付きようがない。

どんな犯罪を犯しても、その人に、やり直すチャンスを与えることは大事だということが、苦しいほどよくわかった。死刑についても、良くないことだと今は思う。

法律によって裁かれたり、刑務所に入れられた人間は、罪が公になることで、自分の家族に迷惑かけたり、周囲の目も変わってくると思うので、フツーの人は味わうことのない種類の苦労をしてきているわけで……(いやその点について少年Aはそうでないのかもだが……フツーは大変だろうと思う)

精神病により刑法39条に守られる結果に終わったとしても、一度は悔い改めるための、きっかけを与えられているのだから、それすらも無駄ではないと思う。

刑務所に入ることで、罪を自覚できるのではないかと思った。

だからこそ、法律があり、刑務所があり、そして更生させる。

傷付けられたり殺された人は本当に気の毒だけれど、一人の人生が潰されても……、一人の命が奪われても……、それでもその罪を犯した人が更生した後で誰かの命を救えるのならば、それは尊いのかもしれない。

私の彼は人を殺してはいないけれど、色々悪いことをしてきたらしい。でも彼に私は今救われている。

彼がいなければ、私は今ほど笑って過ごしてはいられなかった。

過去に誰かの笑顔を奪っていても、今、別の誰かを笑顔にできているのなら、意味はそこに凝縮されている……

刑務所の中にいるってどんな気分なんだろう。話を聞いても最初は好奇心が勝っていたけれど、人生を共にしようかと考えるようになると、その過去を想像すると、なんだか悲しくて……私が傍にいることで、少しでも元気を与えられるなら、それが私の生きる意味にもつながる。大好きな彼に毎日、笑顔でいて欲しい。