heartbreaking.

旧URL http://kuroihikari.hatenablog.com/

本当の優しさは、幸せについて語らないこと、口を閉ざすことだと思うんですよ

槽内に浮かんでいた年若い妊婦の死体。

私も了見狭い人間ですけど、原爆の絵をみていても、よく妊婦ばかりが取り沙汰されるじゃないですか…

妊婦だから特別扱いですか。妊婦だから命が尊いのでしょうか。理由あって子供も産めない女は、例え原爆が落ちて頭振り乱して血まみれで彷徨っていようが、隣に妊婦の若い女が倒れているだけで、見捨ててもいいと思われるでしょうか。

腹が膨らんでいる女の死体のほうが尊いのでしょうか。

考えすぎか… でも原爆についてネットで絵とか証言読んでたら改めてすごいなと思った。ものすごい数の絵が見れるんだな… 今は便利なご時世で、せっかくネットがあるんだから、こうゆう事にこそ関心もたないと駄目だなと反省した。

原爆の絵

でもアレだな、原爆を体験した方々の証言についてはどうしても「お父さんが」「子供が」とか家族愛が浮き彫りになってくるじゃないですか… それが悪い事だとは思わないし、私も親子関係では特には問題なくすごしてきましたから、嗚呼そうだなと素直に読めるのですが、

でも前記事で述べた養護施設の子供さんたちは、こうゆう家族愛を前提とした不幸話を読むのも辛いんじゃないかなと思いました。私も無自覚に誰かを傷付けているかもしれません、ですから親子関係についてはあまりこのブログで語らないでしょう。それはメールの彼女を気遣ってもあるのですが、それを得てしまった人が、得られない人に与えられる本当の優しさっていうのは、口を閉ざす事なんじゃないかと、私はそう思うんですよ。勿論、私は貴方が持っていない家族愛を知っているからと、養護施設のお子さんたちを見下すのではなく、むしろそういった面では、親が居ないのによく頑張って生きているな… と尊敬の眼差しで見ています。

何が言いたいか纏まりがないけど、本当の優しさは、幸せについて語らないこと、口を閉ざすことだと思うんですよ私は… あと程度の問題もありますけどね。何度も繰り返し幸せを語る事は、それだけ誰かを傷付けることなのだと知らなければならないと思うんですよ。だから必要以上に幸せを語る必要はないと思っています。

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コメント

Unknown (金魚)
2007-08-13 22:11:11
こんにちは。2度目のコメントです。
優しさって難しいですね。私にとっての優しさは、「ちゃんと話を聞いてくれて、ちゃんと見てくれて、信頼してくれた上でほったらかしにしてくれる事。」ですかね~。
まあ、それぞれのさじ加減が難しくて、ココを間違うと即座に「ちっとも優しくない」ってなっちゃう訳ですが。
私の場合、妊婦さんや子供のいるお母さんっていうだけで、命の重さは自分より上、と思ってしまいます。
彼らが事件や事故や病気で苦しんだり亡くなったりするのを見ると、「どうして子供もいない自分がこんなにのほほんと生きるんだろう?」「代われるものなら代わってあげなければいけないんじゃないか?」と思ってしまいます。
いつからこんな風に刷り込まれてしまったのか、自分でも謎なんですが。いつも罪悪感が消えません。

金魚さん、こんばんは。 (hashigotan)
2007-08-13 23:14:46
金魚さんが男性か女性かは解りませんが、
私のように子供を作れないまま、子供を産んでいてもおかしくない年齢になってしまうと、母親に対する尊敬の念よりも、
母親になっていない自分への絶望のほうが上回ってくるんです・・
だから残念ながら、私は金魚さんのように、妊婦さんのほうが私より命が尊いとは思いません。でも金魚さんのように、自分を犠牲にしても人を思いやる心を持つ人がいることはこの世の救いになると思います。
どんな命でも同じ価値があると思います。子供が居る人も、子供が居ない人も、どちらも救われるべきだと思いますし、どちらかを救えないのならば、もうどちらも救わないほうがいいとさえ思えてしまいます。
ネット上での優しさの伝え方は、もう「ちゃんと見て」あげることに尽きるでしょうね。すべてを「ちゃんと見る」ことは出来ません。だから自然と離れて疎遠となってしまった人も大勢いました。だから、ちゃんと見てあげるということすらも、なかなか難しい事なんだなと思っています。

Unknown (金魚)
2007-08-14 00:10:09
私はそんなに思いやりのある人間ではありません。
でもありがとうございます。
親子関係って、良くも悪くもものすごい結びつきじゃないですか。特に子供が小さければ小さい程。なんだかあの人たちには確固たる居場所があるって感じます。
それに対して大人になって久しく、また子供も持たない自分はどこにでもいれるっていうか。まあほんと、良くも悪くもどうでもいい存在です。
その違いを命の重さの差と感じてしまうんですね。
決して彼らに同情したり思いやってのことではないんです。
hashigotanさんのおっしゃる通り、人に優しくするって事はほんとに難しいですよね。それとも難しくない人たちっているんでしょうかね?
無駄な自己中心的な思い込みなんだという自覚はあるのですが、なかなか止められません。困ったものです。

確かに難しいですね。 (横谷 愛意志)
2007-08-14 00:12:40
ネット上では、自分のブログでは自分のことを話せばいいと思います。
ただ、他手のブログでコメントする時は、その方を思いやればいいと感じます。
今、はしごたんさんのような悩みを抱える方はひじょうに多いのではないでしょうか。本音をどこにこぼすかだけの違いのような気もします。
人の幸せは色々だとは思いますが、世間の目も厳しくなってくるでしょうし。
はしごたんさんのようなお気持ちを持たれるのも良く分かります。
その気持ちを持つこと自体に罪の意識を持つ必要はないと思います。
僕は人間が本当に好きなら、夫婦間に子供ができなくても養子でも愛しさは同じだと思います(キリスト教的価値観があることは否定しませんが)。
赤毛のアンのように。
では、失礼致します。

Unknown (miyako)
2007-08-14 00:20:13
健常の女性=子供を産める=妊婦
「子供を産む事はすばらしい」
「子供を産める女はすばらしい」
いつの時代も、
女は子を産むものであって、
産めない女は社会に反してるような扱い。(一部例外有
まだ、月経や排卵の研究が進んでいないころ、
子供をなかなか授からない理由で女は離婚させられていましたね。
だから、女を「産む機械」と言った政治家、
あの人は古いなんだなって思いました。
イラッともしましたが。
子供を産むと言うことは、
未来の社会を担う一人を産むことでもあるからすばらしい事と言われるのでは。
血を繋ぐという事も含まれるんでしょうね。。
そして、愛する夫の子にもうすぐ会えると言う幸せのほぼ絶頂にあるからこそ、
身ごもっている女が死んでいると哀れだ可哀相だというんでしょうね。
せっかく幸せだったのに、、って。
その世界の端っこに、
体がマトモに育たなく、子供も産めない私たちが追いやられて、、、
世間は、
「幸せだった悲劇の人」しか見えてない。
不幸の塊のような顔をした者など、
「汚らわしくてどうでもいい」のでしょうか。。
性的虐待を行う男が社会に潜んでいることを認識したくないのでしょうか。。
被害者は知って欲しい、これから生まれてくる子供たちを守って欲しいのに。。
無知は罪だ。
これからも、なにかあったら、
前回のように例として私を取り上げてください。
一人でも多く理解を得られるのなら、
私は体験したすべてを話せます。
「話せます」とかいって、
ブログとかちっともやってないのは、
知識が無いからです;
嗚呼、私こそ無知か・・・。

Unknown (俺が消える)
2007-08-14 00:45:21
カップルとか友人同士で楽しそうにしてるやつらとかみんな視界から消えればいいのに

Unknown (梅ハイ)
2007-08-14 19:40:38
女じゃない俺が口出していいかどうかは分からないんですが
女=出産
だなんて価値観を見出だしている輩は希少だと思うな
柳沢なんかは本当、驚いちゃうレベル
どう育ったらあそこまで人を軽視できるんだろうか
出産という形に至る、もしくは至らない
これは人それぞれの形だったり人生の一部だと思っています
前者と後者を比較したり優劣を決定するものではない

金魚さん、こんばんは。 (hashigotan)
2007-08-14 23:40:08
『>子供も持たない自分はどこにでもいれるっていうか。まあほんと、良くも悪くもどうでもいい存在です。』
解ります。しょっちゅう死にたくなりますね。
居場所は、やはり自分が愛する人と共に築いた家庭であり、その愛の証である子供の存在なのでしょうか
で、若い頃や、なにかに没頭できている時期は、そんなにそのことに生きる意味を感じたりはしないんですけど、
なにかへ没頭していた情熱がフッと途絶えたり、歳をとったときにフと周りを見渡したときに、気付くんですよね
まだ間に合うのであれば、遅くはないから出来る限り最善を尽くして一度は自らの手で築いた家庭の味ってのを、味わってから死にたいものです

横谷 愛意志さん、こんばんは。 (hashigotan)
2007-08-14 23:42:57
『> ネット上では、自分のブログでは自分のことを話せばいいと思います。』
ブログを持って交流が広がってくると、「コレ言ったらあの人が傷付くんじゃないかな」と気になって言えないことが増えてくるんですよね…
私もネット上のお友達に気を使わせていると思います。
赤毛のアンですか。
私は生理もろくにこないので、子供産めるかどうか解りませんが、私の死後 加害者の一家にいいように扱われない為にも、 資金的に馬力があったら養子もいいんじゃないかと考えています。
まだまだ先の話ですが。。

miyakoさん、こんばんは。 (hashigotan)
2007-08-14 23:46:00
これでも昔に比べれば、女性の選択できる生き方が広がって私たちも自由なのかもしれませんが、
でも自由であっても、自分の中で常に劣等感は抱いて生きなければならないですね。
家を一歩出ればいたるところで子連れの若い夫婦が当たり前のように風景に溶け込んでますから。私の居場所はどこにあるのって悲しくなります。
・柳沢発言問題「産む機械」の一部が以下に載ってますね。
http://symy.jp/kNqu
裏を返せば、産めない体の女性は機械ではない、と言えるのかもしれませんが(藁。
『>愛する夫の子にもうすぐ会えると言う幸せのほぼ絶頂にあるからこそ、身ごもっている女が死んでいると哀れだ可哀相だというんでしょうね。せっかく幸せだったのに、、って。』
レイプや虐待経験もなく、順当に恋愛して、愛する人と抱き合って幸せ感じた時点でお前らみたいな贅沢な女なんか死ねばいいのに、と私は思うんです。
まだ醜く足掻いて生きてる腹のでかい女みると腸煮えくりかえりますね。
世間は「>幸せだった悲劇の人」しか見えていないようです。顔をしかめて不幸の塊のような顔をした私たちのような末端の女こそが、本当の苦しみを知っているのであり、私たちのような女にこそ、愛を得る権利があり、子供を産んで育てる権利があるのだと思います。
何の悩みもなくのうのうと恋愛結婚して子供を身ごもる女など、死のうがどうなろうが知るもんかって感じです私は。
「>私は体験したすべてを話せます。」
そこまで私を信用していただけて嬉しいです。
ですがmiyakoさんの体験された不幸を、私の管理の下でこのブログに記すことは、その文章を管理する権利(?)が私のものになってしまうと思うので、、
自分だけの体験が、人のもとに渡ってしまうことになると思うんです。私もいつまでこのブログ続けるかは不明ですし、私が消えれば、貴方の渾身の文章も共に消えることになってしまいます。
一番ベストなのは、やはりmiyakoさんがご自身でブログを持って体験を綴ることだと思います。私もこのブログで自分の苦しみを振り返る中で、少しずつ自分が成長しながら、数々の苦しみを打破してきました。
でもここで良いならば、いつでも気軽にコメントしてください。私もいつも楽しみに待っています^^

俺が消えるさん (hashigotan)
2007-08-14 23:51:55
富士の樹海で一人くたばるくらいなら、誰かを道連れにしよう…
出来れば若い幸せそうなカップルがいい。いや、子連れの若い夫婦がいいかな。

梅ハイさん、こんばんは。 (hashigotan)
2007-08-14 23:54:20
経済的な事情で、子供イラネって男が多いかもしれないですね。でも女は余程事情がない限りは、欲しいものだと思います 本音は。
子供が出来るということは、それだけ心配事も増えるってことですし。でも大体のことはお金があれば解決するかなって思いますけど。
梅ハイさんみたいな柔軟な考えを持つ男性議員が増えてくれればいいのになって思いますね。

Unknown (梅ハイ)
2007-08-15 19:00:25
お金で世の中の悩み9割は解決しますよね
けど1割は自分で何とかするしかないんだよなぁ

Unknown (NM)
2007-08-16 13:44:31
hashigotanさんこんにちは。
相変わらず粘着ストーカの僕なんですが(汗)、最近の幅広い言及系エントリ、とりわけ今回のエントリを読んで感じたことがあります。全く、僕なんぞがいつも偉そうな物言いで恐縮ですが、相手をして下さるhashigotanさんに甘え、また長々コメントさせて頂きます。
唐突ですが、生きていくということは、自分の「負うもの」を限定していくことなのだと思います。その限定の態様には、きっと二つパターンがあります。
はじめは、色々沢山のものを負おう、自分には負える力があると思っていて、でもだんだん自分には到底負いきれない、及ばないことがあることに気づく。そして苦しみ目を伏せ、負うものを減らしてゆくパターンが一つ。
もう一つは、はじめは、自分だけの生をナントカ負うのが精一杯で、ただ、そうしてもがいてきた自分だからこそ、他人と分かち合える何かがある。そういう力があるということに気づいて、自分が負うものを少しずつ増やしてゆくパターンです。
自らのキャパと格闘しているという点はどちらも同じで、いずれにせよ、人一人が負えるものは限られていると思うんです。
本文で、「必要以上に幸せを語る必要はない」と仰られていますが、きっとこれは、同じような苦しみを持つ方々への配慮、あるいはhashigotanさん自身の思いもあって限定的に書かれたのでしょう。もっともだと、そう思いました。
でも、どこか不全感もありました。あくまで個人的に、勝手に思ったことですが、今回hashigotanさんは、少し多くを負おうとし過ぎているのではないでしょうか。 
もしですが、hashigotanさんに、例えば愛する人の子供が出来たとか、hashigotanさんが心底「幸せ」と感ずる何かが訪れたら、僕はhashigotanさんには、「必要」と感じる以上にその幸せを語って頂きたいです。
少なくとも僕は、上の例のようなことがあれば、そりゃ僕自身hashigotanさんと面識ないですが、コイツはめでてぇな!と思いますし、hashigotanさんを知らない僕の友人なんかにも大声で言いふらしますよ。
僕が読んでる、いつも人間の苦しみについて雄弁に綴って、人の孤独と孤独をつなげてくれるブログ主さんに、ナント子供が出来たんだぜ、嬉しいぜと。
それは、確かに子供の無い人には気の毒ですが、その人たちの不幸にひとまず目を伏せ、僕も僭越ながら分かち合いたい、共に負いたいと限定した幸福です。僕がすがるための希望とも言えます。
確かに、hashigotanさんが仰るように、幸福は不幸の上に成り立ちますが、ならば同じ数だけあるはずの不幸と幸福について、どちらも存分に語って良いのだと思います。大切なのは、幸福に対しても不幸に対しても、抑えこんで、不感症にならないことなのではないでしょうか。それもきっと、本当の優しさなのではないでしょうか。
て、ここは「テーマ」有るブログなので、ブログ上では幸せについて饒舌にならないというだけのことかもですし、それと、妊婦さんの問題はまた別ですね。また長々とすみませんでした~(汗)

NMさん、こんばんは(私も長いですが (hashigotan)
2007-08-17 01:28:11
私が気をつけていることは、
あくまで大まかな外枠の部分だけ考慮していこうかなあと、例えば今回の養護施設のお子さんたちのようなケースならば、今は相手がこちらを見てるかもしれないから、親子とか親子愛については控えようかな、とか。
または継続的に付き合ってる仲の良いお友達が、昔 親と離れて孤独な幼少期をすごした、とかいうケースならば、その人と付き合いのあるうちは、親子についてはなるべく語るまい、必要最小限でよいだろう、みたいな考えなんです。
今、自分が出来る範囲のことだけ、ただ口を閉ざすだけで、自分を見てくれる大事な人たちが傷つかずに、不安な心に悩まずに済むならば、それに越したことはないなって思うんです。
相手が見てるのを解った上で、相手が傷つくであろうことが容易にわかるのに、それでも幸せを語るなんて、、ぜんぜん優しくないなって私は思うので。
自分が不安だったときの気持ちを、大事な人にはなるべく味合わせたくないんです。
子供については、奇跡的にもし私に子供が出来たとしても、私はそれをこのブログで報告はすれども、嬉しさを爆発させることはないと思います。
それは、私を支えてくれた何人かの大事な女性たちがこのブログを見ていることを知っているからなのですが、
同じ苦しみを感じあった心の中の戦友を、傷付けることだけはあってはならないと思っています。
NMさんが私を褒めてくれるコメントは、管理人、心の中では喜んでいるのですが、でもそれを爆発させすぎると、第三者には、なんだ褒められて調子乗りやがって みたいに軽くみられそうで怖いので、、
いや、でも嬉しいコメントでした(特に後半部分、ありがとうございます。

Unknown (Unknown)
2007-08-17 19:11:24
勿論、私は貴方が持っていない家族愛を知っているからと、養護施設のお子さんたちを見下すのではなく、むしろそういった面では、親が居ないのによく頑張って生きているな… と尊敬の眼差しで見ています。
 あの、Mariaさんは、「お子さん」ではなく、たぶんあなたより年上だし、会社の管理職で、同世代の男性より年収があると言っていますし、彼氏と一緒に暮らしているようですよ。
 過去はともかくとして、いまはあなたより幸せにみえますけど。
 養護施設を出た方を「お子さん」は、見下げていませんか? 取り繕ったつもりですか?
 わたし、あなたの汚い言葉が溢れているこのブログ、嫌いです。

Unknown (hashigotan)
2007-08-17 19:16:07
嫌いです、とわざわざそんな事を言いに来たのですか。
恋愛できて結婚できた時点で、彼女はもう不幸とは程遠い場所に居ますね。
そもそも本当に彼女は性的な虐待経験があるのでしょうか。私はそこが疑わしく思っております。

Unknown (Unknown)
2007-08-17 19:24:07
 それは、全ての記事を読まれて、ご自分で判断されたらいかが?

Unknown (hashigotan)
2007-08-17 19:26:13
すべての記事を読むほど、あのブログに魅力は感じていません。ただ、何度も申しましたとおり、彼女のサイトの注意書きが目に留まったから批判しただけです。
ご理解いただけたなら、お引取りください。

Unknown (Unknown)
2007-08-17 19:32:59
 あたしも、これっきりにしますわ。このブログには魅力ありませんから。
 注意書きだけで「性的な虐待経験」の有無を判断できるなんて、とても豊富な経験をお持ちでのね。
 頑張って、幸せになってくださいね。さようなら。

Unknown (hashigotan)
2007-08-17 19:34:37
私のブログには魅力があります。
こういっては失礼かもしれませんが、Mariaさんのブログよりもアクセスは多いはずです。それも私の文章が魅力的だからです。

Unknown (Unknown)
2007-08-17 19:36:57
はいはい。
毒が好きな方を集めて、毒に酔いしれてくださいね。
Mariaさんの研ぎ澄まされた文章の方が、とても心が洗われますけど、好みの問題なのでしょうね。

Unknown (hashigotan)
2007-08-17 19:37:57
Mariaさんは性的虐待の記憶がないとおっしゃっていましたね… 果たして忘れるものなのでしょうか……
経験上、私はそこが疑わしく思っております。

Unknown (Unknown)
2007-08-17 19:42:56
あら、興味ないといいながら、記事は読んでいらっしゃるのね。
解離性健忘や解離性障害をご存じかしら?
解離性健忘
http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec07/ch106/ch106b.html
解離性障害
http://dissociation.xrea.jp/disorder/dissociation/index.html

これは言うまいと思っていましたが… 言いますよ (hashigotan)
2007-08-17 19:45:53
私は身内の男に監禁されて長時間気を失うまで虐待を受けたことの「痛み」は強烈に覚えています。
忘れるはずがありません。
忘れるほどの痛みはたいしたことはないのです。人間は、生命の危機を抱くほどの恐怖や痛みを感じた場合は、それを忘れるなどということは、まず有り得ません。
記憶喪失はドラマや創作の中だけの話ですよ。
Mariaさんは、その名の通り、養護施設の不幸なお子さんたちを救う救世主となるべく、自らは虐待経験はなくて具体的には語れなくとも、記憶がないという言葉で誤魔化すことによって、自分も同じ虐待被害者なのだと読者に信じさせ、そして自分の身近に居た不幸な仲間たちを救うためだけに文章を打ち続けているのではないですか。私はそう感じられました。
何故ならば、虐待経験を持つ人間が、あのように理解を示さない注意書きをするはずがないからです。

Unknown (Unknown)
2007-08-17 19:48:11
はいはい。
解離性障害を理解したくない方には、これ以上いう言葉はありませんね。
こんどこそ、本当にさようなら。
幸せになってくださいね。

Unknown (hashigotan)
2007-08-17 19:55:35
解りました。機会があれば、Mariaさんに尋ねてみてくださいね、何故記憶がないのかと。
さようなら。


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