heartbreaking.

中年の末路とその記録

親に対する感謝の気持ちは、けして金や物ではない

最近、親の夢を見ることが多くて、なんとなく親のことが心配だった。

久々に実家に帰るとそこにはいつも通りの母がいたのでホッとした。自分の目の届かないところで生活する母がどのように過ごしているか、考えだすとキリがないので…

今は便利な時代で、ネットでポンと商品買って親に送ることもできる。お中元やお歳暮など、各イベント時は自室にいながらにしてパソコンで楽天で「どれが喜ぶか」と何時間も(ヘタこくと何日も)悩みまくって決定したあとは、勝手に一人で納得していたが……

でも親に対する感謝の気持ちは、お金や物じゃない… 「会う」ことが大事なんだ。自分の元気な姿を見せて安心させてやる、そして親の年老いてく姿を確認することが一番意味のあることで、それ以外はまったく意味のないことだ。

だから会いに行った。考えるまでもないことや、実はとても簡単なことほど、つい見過ごしがちになるけど、それが一番大事なことだった。頬をぶたれたようなハッとした気分になり仕事帰りに原付で実家に爆走していた(途中でケーキを買いつつ…)。

いまいち冴えない日常の繰り返しに身も心も疲れているとき、親に会いに行くのがなんとなく億劫で、つい自分の趣味を親を大事にするよりも優先してしまう。自分さえ良ければいいのか?趣味に没頭する自分の背後から後頭部をボコボコ殴ってくる自分もいたが、それでも「いいんだ、まだ親は元気に違いない(!)、まだ大丈夫だ」と… 逃げていた。

親を心配しているとか、今は何もしてないけどもし親が倒れたらこの身を削っても面倒見る覚悟だ(!)とか ……などと頭の中で考えるだけならラクチンだ(実際行動に移してないのだから…)。今会いに行けよ、昨日は今日は仕事が忙しいから駄目だ?タマには暇なときもあるだろ、そう自分の趣味ばかりしてる時間あるくせに、何故行けないのか?心配してるフリしてるだけ?最低だよ!親にたくさん苦労かけたくせに、結果がこれかよ!私は私に幻滅していたよ… もう誤魔化しきれないところまで幻滅した、父の日にも会いに行かずに自室でゲームしたりした自分に、自分がこう言った。「もう、お前は、親のことはどうでもいいのか?」

親は急激なスピードで老いてゆく…… だから、いくら想っていても、言葉か行動で伝えなきゃ親は、ただ「もう自分たちのことはどうでもいいのかな」と心さびしく思うだろう。結婚したから、子供がいるから(いや、私は子供はいないけど)、それで親孝行が完結なわけじゃなくて、親が生きてる限り、定期的に「会いに行く」ことが一番の親孝行なんだよ…

こんな自分に、笑顔を向けてくれて、こんな自分を「お前はやれば出来る子だ」と信じてくれて、そんな関係は親子以外にないと思う… 他人はどこまでいっても他人だよ。恋人?夫婦?そんなもの、親子の関係に比べれば脆すぎる。

母には随分苦労をかけた。私が職が見つからず実家に引き篭もっていた時期、母は毎日おいしい食事を作ってくれた。「お菓子…」と頼むと毎日お菓子も買ってきてくれた(私はそのとき、20歳過ぎていたのだが…)。

母は笑顔でとても嬉しそうに、しかし数ヶ月前に聞いたのと同じ話を繰り返していたので、いやソノ話はもう5回くらいは聞いたよと思いつつ… でも、こんな自分が、ただ会いに行っただけでこんなにも喜んでくれる人が他にいるだろうか…?いや、いない(!) だから親は大事にしないと駄目なんだっ…!