heartbreaking.

中年の末路とその記録

友達の込み入った事情まで知ろうとするのは危険だし難しい。

マクドナルドのハンバーガーを朝昼晩と、さらにデザートとして… 2日に渡って食べ続けたせいなのか…、一時的に具合が悪くなって寝ていた。

派遣で知り合った女友達から「ご飯食べに行きましょう」と誘いが届いていた。いいですね、行きましょう!と快く受け入れたのですが、

もう一人誘う予定の友達は、前回も前々回も食事に参加できていなくて、なぜかというと仕事が見つからないのでご飯の誘いに乗る余裕もないとのことで… だから、ずっと会えていない… たった一人で生きている高齢女性なので、仕事がない状態で生活大丈夫なのか心配だけど、自分がどこまで踏み込んでよいのかわからず、お節介だと嫌われそうな気もして、何もできない…

これが、一人で生きてかなきゃならない辛さなのでしょう… 誰にも頼ることができないで、ぜんぶ自分一人で抱え込んでしまう。そして解決しようとするけれど一人だから解決できない(誰かの知恵を借りるってことすらできない) …勿論、友達にはこんなこと格好悪くて話せない、そんな悩みこそが深刻です。
ただ普通に生きよう!と思うのに仕事が見つからなくて、人生がうまくいかない人を一人でも多く救うためには、まずは雇うことなんだとおもいます…

しかし、世の中は偏見に満ちています… 年齢で能力を判断したり、自分の思い込みで「こいつはこうだ」と勝手に決め付けてしまったり、そしてその思い込みをずっと持ったままでいつまでも変えようとしなかったり(そのほうが自分がラクで、その人について真剣に考える必要がなくなるから都合がよい) 
もう若くないというだけで、その人の変化を最初から期待しない・だから雇わない、だけどそうすると、性格にクセがあると判断されたり・経歴から無理だと誤解を与えやすい人生をやむなく歩んできてしまった人たちは、チャンスすら与えられない。職探しは困難となり、自然と借金になり、とりあえず間に合わせの仕事をするがそれらは期間で終わることが多いので、また困難な職探しに舞い戻り、いつまでたっても光が見えてこない…

ご飯の誘いに乗ってこれない、何らかの事情(おそらく金銭的な…) がある友達について、あれこれ勝手に想像して心配してしまうのも、友達の側からすれば迷惑な話かもしれませんが、でも、一人で生きている人にはどうしても、孤独死という言葉が頭をよぎるので、まず心配が先立ってしまい、あとは、本当に大丈夫なのか?いま仕事もなくてどうしているのか?と、未来の自分の姿すら重ね見つつ…、今どうしているのかわからない友達のことがすごく心配ですが、恋人同士のように何もかもさらけ出せない友達同士にはどうしても超えられない限界を感じているところです…