heartbreaking.

中年の末路とその記録

借金あり貯金なしの私が、先輩に金を貸して更に不安定になった話……

会社の休憩時間、先輩が「近々、急な出費がありそうで大変になる」というような話をしてきた。それからは、ほぼ毎日のように金の話を私の前で繰り返すようになっていた。少しイライラしている様子もあった。

「とにかく金がいる」「金がいるので大変になりそうだ」

言いながらも吸いかけの煙草を躊躇い無くパッと捨てている。先輩は離れて暮らす家族や愛人に金銭的支援を受けているらしい(本人が話している)。今吸っている煙草も、愛人が買ってくれたやつで、まったくうらやましい限りだ。詳しく聞いてみると、昔ギャンブルにかなりハマッていたらしく……、もしかすると今もパチンコをやっているのではないか。

もしくは何かトラブルを起こして金がなくなっているのか……いずれにせよ話を聞く以上のことはするつもりはなかった。そして私も金がないことをこの先輩に打ち明ければ、すぐに周囲に言いふらしてしまいそうな人だったので、それは隠しておいた。先輩が繰り返す「金がない」を毎日、休憩時間に聞いた後で「そうなんですか大変ですね」と言葉を返すだけだった。

その頃、私は軽自動車を買った。そのことは先輩にも話した。

それからしばらくして、二人で休憩していると、隣に座っている先輩の体がのそりと不気味に動いて、こちらを見た。

深刻な表情をし、俯いたまま、こう言ったのだ。

「1万だけ……貸してくれないだろうか……」

信じられない言葉を運悪く聞いたが、これは無かったことには出来ないのだろうな。頭の上に漬物石が乗ったように重く沈んでいる様子は、先輩としての威厳を失くした分だけ悲しく映って、相当悲惨に思えた。私はてっきり10万貸せと言い出すのかと思ったら、1万か……(ということは貯金もないということか)

私にも借金がある。人に金を貸す余裕などない。むしろ貸して欲しいくらいだ……これが本音なのに言えなかった。もしかすると、私が車を買ったので、お金があるように思えたのかな。そういえばこの先輩、今まで何度も私に「借金はあるのか」を尋ねてきたが、それも困った時に金を引き出せる相手かどうかを探っていたのだろうか。

(仕事を進める上で絶対関わらなければならない人が金貸してくれと言い出したときが、これほど面倒で断りにくいとは……)

私は借金が100万以上ある。勿論、貯金はない!なのに消費者金融に先輩の分まで金を借りて、利息も余分に払ってまで、してやらなくてもいい。

なのに私の口から咄嗟に出てきた言葉はまるで違っていた。

「1万ですね、いいですよ」

借金がある格好悪い自分を知られたくないので、格好付けてしまった。

「だけど、1万だけで大丈夫なんですか。とりあえず2万貸しておきましょうか」

さらに余計なことを言いながら、気が重くなるのを感じた。

「本当に?助かる……〇日に返すとき、利子付けて返すから楽しみにしておけばいい」

金を貸すと答えてからの先輩の変わりようが、不安だった。信じて大丈夫なのか。私は枠ギリギリまで借り倒しているのですでに余裕はなかった。

でもまあ感謝しているようだし、これで良かったのか……人助けをした、そう思い、後は予定通りお金を返してくれることを信じよう。

だが、人に金を貸すことのしんどさを実感し始めたのは、仕事に疲れて帰宅してからだった。気の重さが抜けなくて、厄介なものを背負うことになった。嗚呼、人を救うために、自分の生活をわずかにでも犠牲にして、自分をさらに追い込むようなことをした。

今まで40年生きてきて、「金を貸してくれ」と頼まれたことがない。それもあってか、金を貸してくれと言われたときに、その人とその後も上手くやってゆくためにどう断るのか咄嗟に答えは出てこなかった。

金がすぐに必要らしいので、消費者金融から、先輩に貸すための2万をわざわざ借りて、相談を受けた翌日に茶封筒に入れて手渡した。

すると先輩は笑顔で、利子を付けて返すという発言を再びしていたが、私としてはそんなことよりも、とにかく貸した2万だけをきっちり約束の日に返してくれたらいいのだと思うと同時に、あまりにも調子のいいことばかりを言うので、不安も感じ始めていた。

早く返してくださいよ、と強く言えるほどの大金でもなく、かといって見過ごすほどの少額でもない、2万を貸して借金が増えて逆に不安定になった自分を誤魔化しながら、その日は、「いいんですよ、これは貸すのじゃなくて、預けておくだけなので、気を遣わないで今まで通りでいてください」と伝えた。

2万を貸したその翌日からは、パッタリと先輩は、私がお金を貸したことの話をしなくなっていた。

まるで忘れたかのように……けれど私もそのことについてはあえて聞かなくても、仕事仲間から金を借りておいて逃れる気はないだろうと思っていた。1000円や2000円程度なら私もいちいち拘りはしないが、流石に万を超えるとそれは忘れるはずがない、2万といえども、けして馬鹿にできる額ではない。自分にとって特別ではない人に金を貸すということが如何に精神的に大変なことであるかを知った。

お金を貸して、約束の日が近づいてくる頃、先輩はまた「金がない」を繰り返すようになっていた。いつの間にか以前よりも金額がデカくなっていて、何十万もいるようになったのだと言い始めている。これはどういうことなのだろうか。パチンコで使ったのか……

お金が何十万も必要な大変な状況の中で、私が貸した2万を約束の日にちゃんと返せるのかという疑問が沸いてきて、こちらもイライラしてきた。

結局、約束の日とやらを通り過ぎて、次第に、私に対する感謝の気持ちも薄れてきたらしく、ただ「金がない」という大変さ・愚痴を言うばかりで、この人本当に大丈夫なのかと、私も先輩の顔を見るだけで不信感でいっぱいで「いつ金返すんだよ?2万でも大金やぞ!」……と言いたい気分だった。

おそらく「金がない」を私と二人きりの時間にしつこいほど繰り返すのは、私からもっと金を引き出す意図あってのことだろう……それを考えると、この先ずっと先輩と仕事を続けてゆくことに不安を覚えるようになっていた。

そういうわけで、適当な理由を付けて会社を辞めようと思った。もうこの先輩とは関わりたくはないし、会社内にいる間は揉め事は起こしたくないが、一旦辞めてしまえば、あとはどうとでもできる。

そして、私は会社を辞めた後で、先輩が出勤する時刻を見計らい、目立たない場所に車を駐めて待ち伏せをしていた。先輩は思わぬ場所から突然現れた私に結構驚いた様子だったが、そんなことはどうでもいい、私は2万を返してもらいたいだけだ。私の口座番号を書いた紙きれを渡して帰った。

私が待ち伏せをしていたことが不気味だったのだろうか(まあ返さなければ、返すまで毎日待ち伏せするつもりだったけど)、先輩は会社の給料日にきっちりと2万を返してくれました。

このことがあり、私は人にお金を貸す人の気持ちが少しわかったような気がします。忘れたふりが一番最悪だと思ったし、善意で貸してくれた人には常に感謝の気持ちで生きなければならないと思う。