heartbreaking.

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(特に子供を) ADHDに当てはめやすくする情報であふれていることに、違和感を覚えているのは俺だけか?

スマートニュースを眺めていると、どういう流れでたどり着いたのか、ADHD(注意欠如多動性障害) などの情報を扱うサイトにたどり着いていた。最近、何気なくネットを見ていても、そういうのにたどり着きやすくなっている。

ADHDの特徴を読むと、「おしゃべりに夢中になって家事を忘れてしまう」っていうのがあって、そういうのは特別な病気ではなく、単なる不注意に過ぎないと思うんだが……

他にも、「言いたいことを我慢してイライラする」というのもあった。それが病気なら、全人類がADHDに当てはまるんじゃないか……

「約束の時間にいつも間に合わない」というのもADHDらしいが、少し早く出ればいいじゃないか、自分のルーズな面を、病気に無理やり当てはめようとする、そういう思考形態であれば、どんな些細なことでも、ADHDに結びついてしまうんじゃないか。

ADHDは誰にでも当てはまりやすい特徴を挙げているだけで、それは、日々、意識して気を付けていれば防げるようなことばかりだった。

けれど、ネットでは(特に、はてなにおいては)、精神病名を批判する者はほとんどいない。多くの人が、何らかの精神病名に依存して生きざるを得ない世の中になっている。誰かが精神病名だから、自分も何らかの病名が付くのだろうと、安易に思いがちな空気を作り出している。

近頃、ネットでは、特に、子供をADHDに当てはめやすくする情報であふれている。これに危機感を抱いているのは俺だけなのか。

親が、精神病名に興味を抱きやすいタイプだった場合、自分の子供の言動にわずかでも異常を感じたら、その子供をADHDだと決めつけ、病名の檻に閉じ込めようとする。子供は疑いもなく、自分はADHDだと信じたままで生きることになる。まるで、宗教のように、親から子へ、そうした考えが疑いもなく受け継がれてしまう。

精神病名は、宗教のような、曖昧なものだと思っている。信じるものは救われるのだろうか。

子供をADHDだと安易に決めつけてしまいがちな、親のこれまでの人生や、もともとの性格のほうに問題があるのではないか。もしくは、子供に向き合う自信がないから、ADHDという都合のいい病名に逃げているのか。

子供時代に、多少性格や行動がおかしくて、いじめられたり、一人ぼっちだったり、そんなこともある。でも、それは子供の潜在的な部分による問題ではなく、たまたまその子供を取り囲んでいる環境の問題だったりもする。具体的に何が原因なのかもわからぬうちに、少々言動がおかしいからというだけの理由で、嗚呼うちの子もADHDなんだわと決めつける親が増えてゆくのは、とても危険なことではないのか……

俺は、ネットに蔓延するADHDの情報がこれ以上の猛威をふるわぬよう祈ることしかできない。

精神病名の情報に気軽にアクセスできるようになったためか、恐ろしい世の中に変わってしまった……

情報を操作する裏で、誰かが得をするから、そうした病名の情報は途絶えることなく広まり続ける。

誰が得をするのかというと、薬を出して儲ける精神科医です。そのことに気付いて、どうか目を覚ましてほしい。

誰もが、進んで、病気になりたがっている。

何故、ただ、生きていることに純粋に感謝できないのか。

人より理解が遅いからといって、それが何だというのか。人より理解が遅くたっていいじゃないか。

誰に笑われたっていいじゃないか。馬鹿にされたっていいじゃないか。

自身が、その病気を自ら望んで作り出しているだけなのだ。

早くそのことに気付いて、くだらない精神病名などに惑わされることなく、健全に生きて欲しいと願う。

精神病名を名刺代わりに差し出すのは、コミュニケーション不足が悪化している現代を映し出す鏡のようなものだと思った。

現実世界では精神病名だからと、周囲が配慮してくれるようなことはほとんどないが、ネットでは何故か知らんが精神病名に対して寛容な考えを持つ人が多い。

互いを徐々に理解してゆくという過程を踏まずに、それが面倒だからと、精神病名で、相手に自分の状況をわからせようとする者も、今後増えてくるだろう。

人に自分の置かれている状況を上手く説明できる自信がないから、じゃあ精神病名で一発でわかってもらおう、と安易に思うかもしれない。
そうすることで自分はラクになれる、けれどそれを受け止める側はどうか、というところにまで気がまわらないところに、精神病名を他人に伝えたがる人に共通して見受けられる問題点であり、精神病名どうこういう以前に、そうした部分を治してゆかなければ、根本的に人との関係をまともに築き上げることが困難になるのではないかと思った。

人の数だけ、千差万別な体験があるのに、流行りのADHDのカテゴライズに自身を放り込むことで安易に救いを求めても、根本的にはなにも解決していないのではないか。

自分について正しく理解できるのは、自分しかいない。どんな優秀なカウンセラーも、所詮はただの人間であり、生まれ育った環境も違えば、人生の過程で得たものも違う、そうした人物に、一体、何を解決してもらおうとしているのか。

自分の病名に理解を得ようとする行動がネットでは今後もますます増えてゆくだろう。しかし、それは、病名による承認欲求を満たしたいという、精神病名とは異なる、性格の問題の現れではないかと感じている。

薬飲んでても、死にたいとか言ってるやつ多すぎるしなあ……精神病名を得て、薬を飲むことで、あんたらは一体何が解決したんですか。

皆さん、あまりにもイタズラに精神的な病名を探りすぎて(知りすぎて)いませんか…(2012-11-07)
精神病名はいつかあなたを救えるのだろうか(2015-10-19)