heartbreaking.

中年の末路とその記録

1日電話に出なかっただけで、自然消滅とか別れ話へと発展していることもあるんだな……

夜の海で、付き合っている人と二人で花火をした。

コンビニで売っている花火セットとチャッカマンと懐中電灯を持って、車を降りると、砂浜の広がる、真っ黒な海が目の前に広がっていた。船は遠くのほうで星のように煌めいている。

ここは二人が、付き合う約束を交わした特別な海だった。

あれから色々あったけど、なんとか続いている。最初は物珍しさだった。ただ興味があっただけで、深入りするつもりなどなくて、飽きたら終わりにすればいいと思うだけが、なかなか抜け出せない状況へと落ち込んでいる。

私の心中も、飛沫をあげる黒い海はすべて知っているようだった。

恋愛は、相手への束縛なくして、繋ぎとめるのは難しいものかもしれない。

風でなかなか火の付かない花火の先端に苦労している彼の様子を見ていると、二人の時間を楽しく過ごすためにいつも努力している。単純に、いい人だなと思った。綺麗に枝分かれして輝く花火を二人で見つめながら、この歳になっても、青春の煌めきの一片ならこうして何度でも取り戻せると思った。

彼が私に与えてくれたものは多い。

それを思い出させてくれて、ありがとう。

最後に、ごみに点火してその場で燃やして、まるで学生時代に見たような気がするキャンプファイアーの縮小版のようだった。

帰る間際、コンクリートの上で、いつまでも消えない、ごみだった物が放つ輝きは、火山の溶岩のような光と共に、細かく複雑な軌跡を描いていて、いつまでも私の足を引き留める魅力にあふれていた。

こうして、私たちの夏は終わった。

当たり前のように、いつも通りの生活が戻り、私はようやく慣れてきた仕事に通うだけの平凡な繰り返しの中へと飲み込まれていった。

これから会えない時間が多くなるので、毎日電話をすると約束した。

だが、ここで問題が起き始めた。

普段の忙しさの中で、自分が恋愛相手と約束をしたことを、忘れてしまうことが多くなってきた。

明け方近く、仕事から疲れて帰ってきて、マンションの駐車場に車をバックで入れてる途中で、ミラーに彼氏の姿が映ったような気がして幻覚か?と思ったが、荷物出して車から降りると、「おお、お前電話出なかったな」という声が聞こえてきて、予感が当たってしまった。ただ電話に出なかったというだけで、私が仕事から帰るのをずっとマンションの前で待ち続けていたようだった。

「お前、5回も俺が電話したのに全然出なかったな」

嗚呼、スマホの着信音を最小にしていたので全然気付かなかった。

ここで不機嫌になるとまた面倒くさいことになるしな……と考えて、外で立ち話もどうかと思ったので、まずは私の部屋に入ってもらい、話を聞くことにしようと思った。

「お前、何で電話出んのや」

「5回も電話したんだが、気付かなかったのか」

「何があったんや」

いや、何もないんですけど。ただ、働いていただけで、電話するだけのゆとりがありませんでした。悪気がないのに責められる……嫁がうるさいサラリーマンの心境てこんななんですかね……

私は彼のために生きてるわけではないので、自分の都合で電話に出れない時だってある。

彼の中ではおそらく、電話を毎日するということが、私の想像を遥かに超えて重要なことなのだろう……

二人が会う時間が減るのだから、せめて電話くらいは毎日しろ、じゃないと心配するだろという言い分なのだろうから、そこのところを理解した上で話を進めないと、こちらが「こっちも疲れてるんだよ!」と逆切れすると、お互いの想いがすれ違ってしまうことになる。

私は残業で疲れている中でも、言葉には細心の注意を払い続けた。

まあ、毎日電話はすると約束しているので、電話に出なかった私が悪いのだろう。

だが、そのことで私が仕事から帰るまで待ち続けるほどのことなのだろうか……

ここでもし、別れ話に発展するとしても。私は残業して帰ったところで、今度は別れ話に何時間も付き合わなければならなくなるだろう。

そう思うだけで気が重いので、とりあえず、電話に出なかったことについては謝っておくことにした。

「勘違いしないでくれ。お前を怒るつもりで来たわけじゃない」

怒る?電話に出ないことだけで?

誰でも電話に出れない事情ってもんがある……

そこんとこ、どうも勘違いされている気がするが、説明するとまた不機嫌になられても面倒なので、もう何も言わないことにしておいた。

毎日残業続きの肉体労働で、しかも通勤距離も長いので、彼氏への電話どころではなかったのだが、こんなこと言っても、彼にとってはただの言い訳だろう。

約束したことを覆されることに対しては、かなり不機嫌になる彼なので、仕事以外のことに、あまりきっちりしすぎる人と付き合うのは、大変だなと思った。

一服しつつさらに話を聞き続けると、私がたった1日電話に出なかっただけで、もう自然消滅狙ってるんか?とか、終わりにしたいのか?という面倒臭い話になっていたようで……、私が一生懸命働いている間に、彼の頭の中では勝手に話が進行していることに驚いたが、まあ彼のほうでも仕事のことで色々大変だということで、お互いがつらい時に話を聞いて支え合うのが恋人同士だしなと自分を納得させることにした。彼が話を聞いて欲しいと思う時に、私は電話に出なかった。そのことが許せないのだろう。

で、帰宅して早くシャワー浴びて寝たいのに1時間あまり彼の話を聞く羽目になったわけで、ここでも自分の貴重な自由時間が削られたわけで、でももう諦めている。嗚呼、恋人同士ってほんと面倒だな。

だけど、つらい時こそ体や心に鞭打ってでも自分の誠意ってもんを見せておかないとな。