heartbreaking.

中年の末路とその記録

想い出

人生が終わるまでになにかやり残したことがあるとしたならば、その中の一つに、自分を作り上げた核となる初恋がある。

貴方を好きだったことを伝えることで、この宙に舞ったままの想いにようやく終止符を打てる。いま貴方が何処に居るのか、それを知る手がかりなどなく、このまま言えずに終わるのは二人にとってあまりいいことだとは思わないのは何故だろう。

指先で触れることすら躊躇う、そんな崇高な恋をしていた。それを越えるほどこの全身の血を滾らせるものは人生に存在していないことを知った。

どれほど強い愛であるかもわからぬままに翻弄され続け、静かな夜に、貴方に触れられぬ苦しみが体中を鎖で雁字搦めにして涙が止まらず、最後は闇の淵に立たされていた。自分の存在意義を問うほど、それによって死の恐怖を感じるほど、愛していた。

キスをすることは強風にあおられながら高い峠をよじ登り辿り着けるかどうかの高難易度で、いつも崖にしがみついていた。

裸になれればそれがいいが、服を着たままでいい、抱きしめてくれたならきっとその腕の中で私は蒸発してしまっていただろう。

毎夜、彼女のことを考え妄想が飛翔するほどに、目の前に実物がいるとこっちの言動は不安定になっていった。

彼女が笑えば、この心が躍った。彼女が失恋に悲しんでいる時は、その話を聞いただけで全身が鋭い刃で切り刻まれるように痛みを感じた。貴方を愛している人はここにいる。裸で抱き合えなくても、それを凌駕するほど溢れんばかりの想いを持て余している。この両手でその体を包み込めたなら……

この存在に気付いて彼女がこの体を何処かへ連れ出してくれればそれだけで、止まっていた世界が急に動き出した。

いつか奇跡が起こるかもなんて夢を見ながら、馬鹿みたいに振り回されていた。

彼女が他の男に抱かれることを、私は己に課せられた修行であると認識していた。だから10年以上耐え続けることができた。

最期に逢った時、彼女が幾つかの恋愛を乗り越え、まったく別物になったような気がして自分の中で恐怖が走っていた。誰がこんな風に変えたのか、許せなくて、生きる意欲が根こそぎ奪われたように無になりかけた。

そんな夜、彼女が私の部屋に泊まると言い出すので、一つのベッドに窮屈に隣合い寝ることになった。愛する想いは常に恐怖と一体で、臆病で、無音が耐えられなくて、つまらないテレビを付けたまま、朝まで何も出来ず、この初恋が終わったことを強く感じた。

そしてパタリと逢わなくなった。風の噂で彼女が結婚したことを知る。世の中は、男と女なのか。同人誌で同性愛を読み耽り、成就しなかった己の初恋を遠くへ、遠くへ、押し流してしまいたかった。

さらに時は流れて、お互い中年になり、短期の派遣の仕事で再会した。一目見てすぐに彼女だとわかり嬉しかったが結婚してお互いに姓が変わると奇妙な距離を感じた。仕事が終わり喫茶店でテーブルに向かい合ってパンケーキを食ったような気がするんだが、パンケーキを一緒に食ったのかどうかという部分がいまになって、都合よく見ていた夢に思えてきた。

何も伝えられず、派遣の仕事は期間が終わり連絡先すら交換せず離れてしまった。

最初は再会が嬉しかったのに、日が経つにつれ後悔した。

もう昔のように彼女に執着しなくなっている、妙に物分かりのいい自分をゴミ箱に捨ててしまいたくなった。

たとえ目の前で破り捨てられてもいい、当時の想いを伝えることが、青春時代へのわだかまりに一つのけじめをつけることになるのではないかという気がしたので、こんな記事を打ってみました。