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heartbreaking.

旧URL http://kuroihikari.hatenablog.com/

 

片思いでも一度燃え尽きたら、もう人を愛することはない

昨日は、色々と些細な、心のすれ違いが積み重なり、険悪な感じで過ごす時間が多かった。

最後は二人とも黙ったままで顔も見ず、煙草ふかして(過去の誰かともこんなことがあったけど、疲れる……)、明らかにいつもとは違う様子で彼が部屋を出て行ったので……もう終わりかなと思い始めている。

別に悲しくないし、男が急に無口になるのは慣れてるので構わない。

捨ててくれても構わない(今までに払ってくれたメシ代とかガソリン代などは返せないけど……)。

私は一人の時間の過ごし方を知っているから、いつでもその場所へ戻れる。

一人の時間を楽しめない人が、恋愛に破れると手首切ったり、自殺しようとするのかな……そういう人たちに伝えたいことは、あんまり他人の心を、自分の思い通りにしようなどと思ってはいけない。

でも時々、そういうふうに、命をかけてもいいと思うほどに人を好きになれることが羨ましく感じることがある。

私にも、そんな頃があったな……

学生時代に片思いをした同級生の女の子に夢中だった。それから13年くらいは彼女だけを想って生きていた。

抱きしめたくても、抱けない、プラトニックな愛の中で、私の人生の中で燃やせるすべての愛が精一杯燃えて、そして燃え尽きてしまった。その後の私は灰となり、もう二度とあんなに人を愛することなどないだろう……

セックスをしてしまえば、愛が終わるんだよ。そこにたどり着けないで、もがいてる過程の中に、愛があるんだ……

だから、村下孝蔵さんの「初恋」って歌が好きだよ。

嗚呼、またこの関係も終わるんだろう……セックスをほぼ毎日していたのでお腹いっぱいで、死ぬまでしなくていいくらいした。

今欲しいのは、一人の安らぎの時間。

それと、自分の内面だけをとことん見つめて煮詰まれる時間……自分の心の風景が奏でる言葉の音色を一つ一つ丁寧に拾い上げてく、そんな時間が好きだ。

家にいる時間くらいはゆっくり手足を伸ばしたい。子供もいないのに、男といても仕方ないだろう……生活はギリギリだし借金も減りはしないだろうが、一人なら仕事も頑張れるだろう。

彼と毎日一緒にいる、その積み重ねの中に徐々にストレスが溜まっていて、一人の時間が欲しいと思い始めた矢先、家に彼が来ているのに「1時間だけ寝る」と伝えて自分だけベッドで寝てしまい、目覚めると1時間以上寝ていたようで……、彼の姿が部屋から消えていたけれど、眠気には勝てなくてしばらく宙を見つめて呆然としていた。

彼を探すことよりも、自分の眠気のほうを優先するとは、愛想尽かされても当然だと思った。言い訳ももう通用しないだろう……彼はベランダで煙草吸っていたので、姿が見えなかったが、しばらくすると無表情で部屋に入ってきた。

なんだか無口になっていて、精神的に疲れている様子が見て取れた。

「俺がいると邪魔だろうから、もう帰るよ」

ほぼ毎日のように遊びに来る彼に、まだ合鍵も渡していない。彼が前科者だからというのも、ない理由ではないが、誰が相手だろうと合鍵などは渡すつもりはないのでそれは仕方がないのだ。

私は誰も信用していない。自分が築き上げたこのマンション内の一室と、そして、20年以上の原付生活を経てようやく購入できた中古の軽自動車だけは誰にも預けるわけにはゆかぬのだ。何故ならば、部屋と車、その権利を奪われたならば、私は生きてはゆけないからだ。

最近、どうも上手くいかないことがあって、合わないな……と気付いている(相手もそうだろうけど)。

結局、誰と付き合っても同じだと思った。

子供も作らない男女の関係なんてそんなものだと諦めてる。セックスなんて誰とやっても飽きる。

それはもしかしたら、これまでに付き合ってきた異性とのほうが自分には合っていたという気付きなのかもしれないし、中途半端なところにきてしまったという後悔で、この時間をどう清算するかという疑惑に苛まれているのかもしれない。

私は人間に対して警戒しているか、人間嫌いが根底にある、不器用なのかもしれない。

人間なんか誰も本気で好きになどなりやしない。

好きなのは自分だけ。これからもずっと……(でも猫は好きだから引っ越したい)

イワン・デニーソヴィチの一日

「イワン・デニーソヴィチの一日」は第二次世界大戦中、ソビエト連邦軍の強制収容所に収容された主人公の、一日の生活を描いた作品です。

主人公はソビエト連邦軍の兵としてドイツ軍と戦う最中に、捕虜となる。後に仲間と共に脱走するが、その道中で友軍と会い、不運にもそこでスパイの容疑をかけられ極寒のラーゲル(捕虜収容所)に収容される。

収容所の中、起床の鐘で目覚め、点呼を終え眠りに就くまでの一日の生活と、主人公が心の中に思うことを詳細に描いている。

私の買った本の翻訳は、主人公の心理描写を、べらんめえ口調で表現しているために、読むのに苦労する感じが続く。……私は世界の歴史・文学の教養がないためか、内容も退屈に感じられ、拷問のような時間に思えたが、ロシア文学てこんなのか(汗)。世界的には傑作と評価されてるようなので我慢して読んだ……

たとえば北野武の映画「HANA-BI」は暗く退屈な感じが続いていて……本当にこれ面白いのか……と我慢し続けた結果、最後にわけもわからずとめどない涙が流れていたように、どんな作品でも最後に人生の一つの答えを学んだような気がしたのならそれがすべての評価だと思える。

この「イワン・デニーソヴィチの一日」は最後に、無機質な数字(収容される予定の残り日数)を目にしたのが衝撃的であり、作中の文字の重力が増した感じです。ここで最初からまた再読する意欲が沸いてきました(いつかまた読む)。

生きる答えを見出したかもしれない読後感があった。

一日を、この主人公ほど懸命に生きたことが、自分にあっただろうか……

私は自分のあり方に少し反省もした。何故なら、過去の苦しいことや悲しいことを回想するだけの時間を積み重ねることは贅沢であり、時間は、過去でも未来でもなく、この一日を、自分なりに輝かすために使うほうが有意義だから。

主人公にとっては、自分の人生の先を憂いたり、不安に圧し潰されるよりも、今、目の前にある現実の中で、一日を健康に無事に乗り越えてゆくことのほうが大事なのである。

決められたグラム数のパンや、皿の底からわずかしか満たされていないスープを口の中に入れるために、過酷な労働を耐え、つかの間の喜びを感じる。しかし、ぼやぼやしていれば食事中ですら誰かに出し抜かれ、その機会すら失うかもしれない。

一日の終わりには、その日の出来事を思い出し、無事に生きていられたことを感謝する。 過酷な状況下にあるほど、命がある意味を知るのに手が届きそうな場所に身も心も置いているのかもしれない。

良いことをした人も、悪いことをした人も、すべての人に一日24時間は等しく与えられていて、例え不自由な環境下であっても、その中にすらも喜びや充実感を得られる可能性は秘められていて、それを見出せるのは自分の心の持ち方一つで決まる。

二十日鼠と人間

今まで観た映画は過去ログで伝えてきました。今日は、ひかりテレビで録画してあるおすすめ映画を紹介します。

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二十日鼠と人間(1992年)

この映画は、レ・ミゼラブル完全版でジャヴェール警部役などを演じている俳優ジョン・マルコヴィッチさんが知能に障がいを持つ人(知的障がい者) の役を演じています(写真 左)。人の言葉を、子供並みの思考力でしか読み解くことができない、そのような難しい演技が求められます。

人との交流が困難なために一人では生きてゆけない頼りなさが、近親者への依存を高めることになり、近親者からの否定の言葉だけを極度に恐れ、そのために情緒不安定を引き起こしやすくなる。まるで子供のような好奇心で加減なく対象を壊してしまう残酷さ・小動物を殺すことと人間を傷付けることの区別も付かない罪深さ。どうすることもできない悲哀を、観る者に違和感を与えぬ演技で伝えている。

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【ストーリー】ジョージ(ゲイリー・シニーズ) は、知能に障がいを持つレニー(ジョン・マルコヴィッチ) を連れ、カリフォルニア州の各農場で出稼ぎ労働を続けているが、平穏無事には行かない日々が続いていた。

行く先々で、レニーが子供のような好奇心のままに対象に近付き、理性が働くこともなく怪力をふるい、対象を怯えさせ傷付けることが多いからだ。冒頭では服を引き裂かれ逃げまどう女もいたが、これもレニーの仕業なのだ。だから二人はどこに行ってもクビになるか逃亡という日々が続いている。

こんなレニーを放ってゆくわけにもいかず、ジョージは苦悩するが……もし、自分たちで農場を経営できれば、レニーの行動を見張る心労から救われるかもしれない。いつしか二人は毎夜、自分たちの農場を持つ夢を語り合うようになる。

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レニーは小動物が好きで、可愛がりたいだけなのに、力の加減ができない。抱きしめるつもりがその愛情で殺してしまうこともある。その対象が動物で納まっているうちはまだいい、けれど物語はもっと深刻な事態へと発展してゆく。

ジョン・マルコヴィッチの眼の動き・唇の動きは、疑う余地も与えない。だから私はこの映画が気に入っている。知能が低いのとは違い、精神病患者の話になるんだけど「カッコーの巣の上で」でビリー役を演じていた俳優の演技も上手でしたね、やはり海外の俳優は、日本の中途半端な俳優らには到底出来ないような演技が出来てるなあと思う。

障がいという大きな括りで演技を観るとしたら、日本の映画ではジャニーズの中居正広主演の「ATARU」では障がい者を小馬鹿にしたような失礼な演技でただ苛立ちしかなかった。

「何やってんだ中居正広」と思うだけで、司会業など手広くやりすぎているために、いい加減だなと感じた。

私はジャニーズが嫌いなんだが、それについて語るなら亀梨和也がやたら映画に起用されていることもとても奇妙で、昨今の、なんでもかんでもジャニーズタレントを安易に起用する日本の映画はとてもじゃないが海外に見せられるもんじゃないと思う。

ジャニーズタレントを主役などに使った映像作品が後世に残されて我々は恥じないのかどうか、十年先、二十年先、いやもっと先に、今のジャニーズタレントを知らない人がその作品を観てどう感ずるかまで考えて欲しい。はっきり言って、ジャニーズタレントの下手な演技なんて観たくないです。

演技だけじゃなく歌も下手だしな。関係ないけど嵐がなんで人気なのか未だにわからないです。お遊戯してるんじゃないだろうな?お遊戯が許されるのは、若いアイドルの女の子だけだ。もし東京オリンピックで嵐が歌うなら日本が世界に馬鹿にされるだけだから絶対によしておけと言いたい。エグザイルなんかも話にならんわ、あんな歌で感情動かされるような奴なんて所詮その程度の軽い人生しか歩んできていないからだろ……そんなんじゃなく、地道に活動している実力のある俳優とかね、アーティストに、チャンス与えて欲しいですよ。なんか映画と関係ない話で終わります。

借金あり貯金なしの私が、先輩に金を貸して更に不安定になった話……

会社の休憩時間、先輩が「近々、急な出費がありそうで大変になる」というような話をしてきた。それからは、ほぼ毎日のように金の話を私の前で繰り返すようになっていた。少しイライラしている様子もあった。

「とにかく金がいる」「金がいるので大変になりそうだ」

言いながらも吸いかけの煙草を躊躇い無くパッと捨てている。先輩は離れて暮らす家族や愛人に金銭的支援を受けているらしい(本人が話している)。今吸っている煙草も、愛人が買ってくれたやつで、まったくうらやましい限りだ。詳しく聞いてみると、昔ギャンブルにかなりハマッていたらしく……、もしかすると今もパチンコをやっているのではないか。

もしくは何かトラブルを起こして金がなくなっているのか……いずれにせよ話を聞く以上のことはするつもりはなかった。そして私も金がないことをこの先輩に打ち明ければ、すぐに周囲に言いふらしてしまいそうな人だったので、それは隠しておいた。先輩が繰り返す「金がない」を毎日、休憩時間に聞いた後で「そうなんですか大変ですね」と言葉を返すだけだった。

その頃、私は軽自動車を買った。そのことは先輩にも話した。

それからしばらくして、二人で休憩していると、隣に座っている先輩の体がのそりと不気味に動いて、こちらを見た。

深刻な表情をし、俯いたまま、こう言ったのだ。

「1万だけ……貸してくれないだろうか……」

信じられない言葉を運悪く聞いたが、これは無かったことには出来ないのだろうな。頭の上に漬物石が乗ったように重く沈んでいる様子は、先輩としての威厳を失くした分だけ悲しく映って、相当悲惨に思えた。私はてっきり10万貸せと言い出すのかと思ったら、1万か……(ということは貯金もないということか)

私にも借金がある。人に金を貸す余裕などない。むしろ貸して欲しいくらいだ……これが本音なのに言えなかった。もしかすると、私が車を買ったので、お金があるように思えたのかな。そういえばこの先輩、今まで何度も私に「借金はあるのか」を尋ねてきたが、それも困った時に金を引き出せる相手かどうかを探っていたのだろうか。

(仕事を進める上で絶対関わらなければならない人が金貸してくれと言い出したときが、これほど面倒で断りにくいとは……)

私は借金が100万以上ある。勿論、貯金はない!なのに消費者金融に先輩の分まで金を借りて、利息も余分に払ってまで、してやらなくてもいい。

なのに私の口から咄嗟に出てきた言葉はまるで違っていた。

「1万ですね、いいですよ」

借金がある格好悪い自分を知られたくないので、格好付けてしまった。

「だけど、1万だけで大丈夫なんですか。とりあえず2万貸しておきましょうか」

さらに余計なことを言いながら、気が重くなるのを感じた。

「本当に?助かる……〇日に返すとき、利子付けて返すから楽しみにしておけばいい」

金を貸すと答えてからの先輩の変わりようが、不安だった。信じて大丈夫なのか。私は枠ギリギリまで借り倒しているのですでに余裕はなかった。

でもまあ感謝しているようだし、これで良かったのか……人助けをした、そう思い、後は予定通りお金を返してくれることを信じよう。

だが、人に金を貸すことのしんどさを実感し始めたのは、仕事に疲れて帰宅してからだった。気の重さが抜けなくて、厄介なものを背負うことになった。嗚呼、人を救うために、自分の生活をわずかにでも犠牲にして、自分をさらに追い込むようなことをした。

今まで40年生きてきて、「金を貸してくれ」と頼まれたことがない。それもあってか、金を貸してくれと言われたときに、その人とその後も上手くやってゆくためにどう断るのか咄嗟に答えは出てこなかった。

金がすぐに必要らしいので、消費者金融から、先輩に貸すための2万をわざわざ借りて、相談を受けた翌日に茶封筒に入れて手渡した。

すると先輩は笑顔で、利子を付けて返すという発言を再びしていたが、私としてはそんなことよりも、とにかく貸した2万だけをきっちり約束の日に返してくれたらいいのだと思うと同時に、あまりにも調子のいいことばかりを言うので、不安も感じ始めていた。

早く返してくださいよ、と強く言えるほどの大金でもなく、かといって見過ごすほどの少額でもない、2万を貸して借金が増えて逆に不安定になった自分を誤魔化しながら、その日は、「いいんですよ、これは貸すのじゃなくて、預けておくだけなので、気を遣わないで今まで通りでいてください」と伝えた。

2万を貸したその翌日からは、パッタリと先輩は、私がお金を貸したことの話をしなくなっていた。

まるで忘れたかのように……けれど私もそのことについてはあえて聞かなくても、仕事仲間から金を借りておいて逃れる気はないだろうと思っていた。1000円や2000円程度なら私もいちいち拘りはしないが、流石に万を超えるとそれは忘れるはずがない、2万といえども、けして馬鹿にできる額ではない。自分にとって特別ではない人に金を貸すということが如何に精神的に大変なことであるかを知った。

お金を貸して、約束の日が近づいてくる頃、先輩はまた「金がない」を繰り返すようになっていた。いつの間にか以前よりも金額がデカくなっていて、何十万もいるようになったのだと言い始めている。これはどういうことなのだろうか。パチンコで使ったのか……

お金が何十万も必要な大変な状況の中で、私が貸した2万を約束の日にちゃんと返せるのかという疑問が沸いてきて、こちらもイライラしてきた。

結局、約束の日とやらを通り過ぎて、次第に、私に対する感謝の気持ちも薄れてきたらしく、ただ「金がない」という大変さ・愚痴を言うばかりで、この人本当に大丈夫なのかと、私も先輩の顔を見るだけで不信感でいっぱいで「いつ金返すんだよ?2万でも大金やぞ!」……と言いたい気分だった。

おそらく「金がない」を私と二人きりの時間にしつこいほど繰り返すのは、私からもっと金を引き出す意図あってのことだろう……それを考えると、この先ずっと先輩と仕事を続けてゆくことに不安を覚えるようになっていた。

そういうわけで、適当な理由を付けて会社を辞めようと思った。もうこの先輩とは関わりたくはないし、会社内にいる間は揉め事は起こしたくないが、一旦辞めてしまえば、あとはどうとでもできる。

そして、私は会社を辞めた後で、先輩が出勤する時刻を見計らい、目立たない場所に車を駐めて待ち伏せをしていた。先輩は思わぬ場所から突然現れた私に結構驚いた様子だったが、そんなことはどうでもいい、私は2万を返してもらいたいだけだ。私の口座番号を書いた紙きれを渡して帰った。

私が待ち伏せをしていたことが不気味だったのだろうか(まあ返さなければ、返すまで毎日待ち伏せするつもりだったけど)、先輩は会社の給料日にきっちりと2万を返してくれました。

このことがあり、私は人にお金を貸す人の気持ちが少しわかったような気がします。忘れたふりが一番最悪だと思ったし、善意で貸してくれた人には常に感謝の気持ちで生きなければならないと思う。

人をはねました。さらに借金をして車を修理しました。

この間、会社を辞めて、今は元ヤクザの彼に毎日メシ食わせてもらっている、そんな情けない人間です……なのに煙草はやめられなくて、いや、むしろ不安定になるほど煙草に手が伸びてしまって、その煙草代も彼に出してもらっている状況で、彼なしでは、今のところ生きてゆけない。かなり依存している。

なんで会社を辞めたのかはまた後日語るとして、実は最近、車で人をはねてしまい、ソニー損保の自動車保険には加入していたのですが、9:1で、あきらかに私に否がある状況で、、その日は彼とのデートの待ち合わせ時間に間に合いそうにないので、小道でかなりとばしていたので、左側を走る原付を思いきりはねとばしてしまいました。

一瞬がとても長く感じましたが、逃げようとは微塵も思わず、すぐに近くの空いているところへ車を止めました。

やっちまった……

軽くうなだれて、しばらく車の中から出られず、煙草を何本も吸って心を落ち着けてから、ようやく車を出て、大丈夫ですか?と、地面に転がり起き上がったばかりの青年に声をかけるのが精一杯だった。

青年は腹立たし気に、私を指さしながら、近隣住民と共に「あいつです!」と睨んでいたが、私はようやく手に入れた車に乗れなくなるかもしれないという今後の不便な生活を思うだけで、車の中に閉じこもって煙草に火を付けまくった。

警察に色々、事故当時の状況を聞かれたが、いちいち覚えていないので適当に返事をしていたら、私に対して警察がかなり怒っていたけれど、じゃあ覚えていないものを嘘を吐いて答えろと言うのか……どのあたりで衝突して、どのくらいのスピードだったかなんて覚えていない。

ソニー損保の対応は迅速で、何も問題はなかったが、車両保険に入っていなかったので、自分の車の修理代で10万ほどかかってしまった。ちょうどその頃に色々あって会社を辞めることになったので、給料もないのに車の修理代10万を払うのはキツかった。

彼が半分払ってくれると言ってくれたが、それは断った。いくら待ち合わせで急いでいたことが原因でも、人をはねたのは自分なので彼には関係ない。

まあでも、私がはねた青年が比較的軽傷で、レントゲンでも異常がなく、人身ではなく物損事故として話し合いに応じてくれたおかげで、免許停止にもならず、罰金も警察に払わずに済んだ。

もし、はねた相手を半身不随にしたり、殺してしまっていたなら、私の人生がそこで終わっていたといっても過言ではない。もしかしたらニュースに出ていたかもしれない。

高い授業料になったが、もう懲りたので……どんなに後続車があおってきても、小道ではとばさないようにしている。

特に私の住んでいる愛媛県松山市では、車を運転する人のマナーが悪く、前の車をあおってきたり、クラクションを不必要に鳴らしたり、方向指示器を出さずにいきなり横から割り込んできたり、妙に遅くて流れに乗らずに後続車に迷惑をかけたり、カーブでサッと曲がらずにモタついていたり……

だからよその県に行くと、車のマナーの違いに驚くんですよ。田舎者ほどマナーを守らず、滅茶苦茶するし、譲り合いの精神も持たない。四国が本州から切り離されて新幹線も通らない不便な地なので、閉鎖的になる中で、人々の心はヘンなカタチに歪んでいるのかもしれない。まあ、愛媛県松山市に車で来てみてくださいよ……マナーの悪さに驚くでしょうから。

長くなりましたが、というわけで今お金がないんですよ……伊予銀行の残が11万ほどしかなくて、今月27日の楽天カードの引き落としが13万あるので、カードを止められると生活できなくなるので、60万ほど借りてるプロミスから1万円借りました。でも25日にプロミスに17,000円返済しなくてはならなくて、月末は車のローン支払いもあるし、月初めには伊予銀行のカードローンで6000円返済をして、家賃34,000円と駐車場代も払わねばならず、彼がいてメシ食わせてもらってるのにこの状況なのです……

プロミスに63万と、伊予銀行のカードローンに30万と、楽天カードの分割払いの蓄積で50万なので、143万くらいの借金があります。で、今、無職です。なのに煙草はやめられません。車も手放せない。

というわけで、格好悪いのだけど、また近日中にアドセンス貼ります……控えめにですが。

こんな私がお伝えできることは、とにかく借金だけはやめておいたほうがいいです。一度でも借金をしてしまうと、感覚が麻痺して、年間にしていくら消費者金融にお金を吸い取られているかなんて思考の外に完全に放り出して、常にその場しのぎの、後のことを考えていない日々を繰り返すだけで、いつかスクラッチやサッカーくじが当たるとか妙に楽観視しているところもあり、ようするに、今しか生きてない。借金があるのをつらいと思うのではなくて、あー当たり前が続いてるという感覚で、借金で死のうと思ったことはない。死ぬとしたら借金が原因ではなく、今日一日を生き延びるための楽天カードが使えなくなった時だ。だからカードさえ使えれば、また分割払いにして先へ先へと支払いを延ばしながら生きてはゆける。まあこの程度の借金で死ぬほど命軽くないですけど、でも少額の借金でも思い悩んで死ぬ人もいるのでしょうから……

私にとって借金は、もうお友達なんですよ。強がりでもなく、そう言い切れる。この、お金のない不安も、逆に危機的状況が続くのを楽しんでいるというか、頭おかしいんでしょうね。

付き合ってる男性に服買ってもらったりしてますか?

いつも同じ靴を履いている私を見て、彼が不憫そうな顔をして言った。

「俺は、お前がいつも同じ靴を履いているのを見るのがつらい……」

私は普段履きが1足と、よそ行きのヒールが1足あれば充分なのだけど、「一緒に靴を買いに行こう」と誘われたので、うおー、靴買うぜー!というノリでもなく、ただなんとなく靴屋に行くことにした。

気兼ねなく履けるラフな靴を見つけて、あ、これいいなと、チョット楽しい気分で値札を見てビックリした。もっと安いかと思ったのに。やめようかな……と迷っていると彼が近付いてきて「これが気に入ったのか?これで足りるか」と財布からお札をサッと出してこの手に握らせてくれた。……こ、こんなことがあっていいのか?と戸惑いながら受け取り、ありがとうと伝えてレジで購入した(私は今、彼にもらったお金で靴を買っている!うおおー!という静かな盛り上がりを胸の中で抑えつつ)。店員さん、これは私のお金じゃないんです!彼のお金なんで、そんな私に営業スマイルしないでください。

自分が汗水流して稼いだ金なら、買わずに帰ったかもしれない。だけど彼がお金をくれたので買ってしまった。

うわー、なんなんだこの世界はー!これが女ってやつなのかー!……そんな日々だけど、お金の有難みを忘れずにいたい。

「ありがとう」という言葉を繰り返すと、彼が「何度も、ありがとうは言わなくていい」と、しんどそうな顔をするので、気に入っていることを笑顔で伝えると、彼も「良かったな」と嬉しそうにしていた。言葉以上に笑顔で気持ちを伝えたい。

実は他にも色々買ってもらっていて、彼と付き合い始めてから、一緒にいる時間、自分の財布を出したのは多分2回しかない(しかもそれは自販機でジュースを二人分買った程度)。服屋に行って、いいなあ……と思う服があれば「これで買ってこい」と、お札を渡してくれて(万札……)、おつりも「それで煙草でも買いな」と、あっさりくれるので……こ、こんなことがあっていいのか?と戸惑いつつ……彼にはいつも良くしてもらっているので感謝しているんだけど、なんか自分は情けないなと思いつつ……

毎週、食費ももらっているし、ガソリン代も全部払ってくれるし、煙草も買ってくれるし……なのに私の借金は増えるばかりで減らないのです。

愛人とかじゃなく、正式に付き合ってるんですけど、今までこんなに男性に面倒見てもらったことがないので……これって普通なんですか?

付き合ってる男性に服買ってもらったりしてますか?

元夫には、コスプレ目的で学生服上下を買ってもらった記憶しかないもので、、普通の男がどのくらい女性に物を買ってあげるのかわからないんですけど。

元夫は離婚する際に、結婚指輪や、その他私にプレゼントしてくれたものを、全部回収するような人だったので(売ってお金にしたのだろうか?ヘンな気分でモヤモヤしたけど、言われるままに返した)、そのことを彼に話すと、「そいつ、信じられないなあ」という反応で、私もつい元夫のことを色々愚痴ってしまった。

元夫は会社員でマンションも自分で購入して、その点は立派だけれど、女を大事にしないで、ドラクエのゲームばかりしているような人だから、見切りつけて正解だったと今は思う。

過去に犯罪犯していても、女を大事にする彼のほうがいい。社会の目なんか関係ない。いくら社会からはマトモに見られていても、女一人を幸せに出来ない男なんて、立派じゃなくて、それはただのつまらない男だ。

彼が結構、部屋に遊びに来るので、家賃や光熱費を払ってくれる話もあったんですけど、流石にそこまでしてもらうと、自分が今まで苦労して築き上げてきたものが、自分のものではなくなる悲しさがあるので、そこだけは毎回断るようにしてます。

愛人になると家賃とかも払ってもらうんでしょうけれど、自分が実際にそれに近い状況になると、家賃まで男に払わせるのは、自分の生活を捨てたも同然だなと感じるし、羨ましく思わないです。

やっぱり自分のテリトリーがあるので、その境界線を守るために、男に甘えすぎずに、働いてある程度自立していないと、楽しい恋は出来ないなあ。